自立を恋う


――甘えちゃえば良いのに。


心底勿体無いという色を滲ませ投げかけられて、電話越しながら顔をしかめた。
相手は、名取である。


「今だって、充分甘えてるだろう。今更、そんなことで自立だなんて騒いでも、所詮子供のごっこ遊びと変わらないよ」

「そんなこと…」

「夢子。生きるって、大変なんだよ?」


容赦なく私を斬りつける言葉に、口を噤んだ。名取の言葉には、説得力がある。それは名取が、ちゃんと自立した人間だがらだ。
俳優という表向きの仕事をしながら金を稼ぎ、祓い人という裏の仕事をしながら自己を保つ。私は、学生の頃からそんな彼を見ていた。私や的場一門の者とは異なり、一族の協力無しに、この世界での在り方を獲得した彼は、並大抵ではない努力と犠牲をもって今の自分を確立している。

家を出て、地元から離れて、一人暮らしをして――どれも一族の支援の元で行われたことなのに、それを自立と錯覚し自分の力で生きていけるなど、勘違いも甚だしい。
それは自分自身、わかっているつもりだった。


「…それでも、嫌。できる限り、自分でやりたい。全部、的場的場って頼ってばかりで、私は的場の支援無しでは生きられなくなる。今更甘えていたことを否定するつもりはないけど、でもこれから甘えないことはできるじゃない」

「これからは、すべての甘えを断って生きてゆくと?」

「私は、的場とは関わりのない"私"として生きていく方法を探したいの」


今までは、なんだかんだと恵まれた環境にいた。用意されたレールの上を歩いていれば、将来は約束されたも同然だった。全ては、名門的場家の支援があったから。
しかしいつの間にか、それを窮屈に感じるようになった。祓い人など辞めて、自分で仕事を見つけ、自分で考え、自分で生きてみたい。そんな風に思っていた。

的場家との関わりは、私を駄目にする。私はこの環境にいることで、"自分"を失ってしまう。無性に思えて仕方なかった。最早刈屋の一族は関係ない。私個人が的場家と完全に関係を絶たなければ、私は祓い人としての私を、捨て切れない。


「無理だね。夢子は的場一門と縁を切って生きていくことはできない」

「やってみなきゃ、わからないよ」

「いや、君の価値は的場一門に在って初めて生かされるものだ。勿論、本当の意味での決別も不可能ではないが、その時君は、何の価値もないただの女に成り下がる。君が、それで満足できるような子だとは思わないな」

「………」

「そもそも、"的場とは関わりのない夢子"なんて存在するのかい? それは、妖の見えない自分だったら、と夢想するくらい意味のないことだ」


――悔しい。
全て正論で返され、反論の余地がない。今の私は、私でしかない。いくら過去や人間関係を断ち切ろうとも、全て今までの私をリセットなどできはしない。

中途半端な自立は、甘えだ。的場との関係をリセットしたいのも、一門と関係のない私として生きたいのも、聞き分けのできない子供のわがままと同じ。叶えられもしない絵空事を夢見ているだけ。
わかっているのに願ってしまう。わかっていた筈なのに、諦められない。
そうして、黙り込む私にとどめの一言が刺さる。


「甘えちゃえば、いいのに。好きなんでしょ、的場さんのこと」




*




「夢子先生、彼氏とかいます?」


予想だにしていなかった問いに、思わず赤ペンを握る手を止めてしまった。
こちらに戻ってきてから始めた、家庭教師のアルバイト中である。自立するだなんだと騒いだ結果に決めた、小遣い程度の足しにしかならない仕事のひとつだ。人に物を教えることは嫌いではなく、家庭教師を選んだのは趣味に近い。


「なぁに、急に」

「先生とそういう話したことないな〜って思って」


にやにやしながら期待したような目で見つめられ、肩をすくめる。年頃の高校生らしい話題だが、私は女子トークなど久しくしていない。


「残念ながら、良い縁に巡り合えてなくて寂しい独り身です」

「え〜好きな人もいないんですか?」


小首を傾げる教え子は、可愛い。妖狩りに徹していた、自分自身の女子高生時代とは勿論全く重ならない。あまり踏み込んで彼女の学校生活の話は聞いたことはないが、毎日が楽しいらしい様子は、言葉の端々から伺える。


「うーん、どうだったかな。次のテストで数学80点以上とってくれたら、思いだせるかも」

「ええっ、ハードル高っ」


意地悪!と喚く彼女に苦笑しながら、採点の終わったノートを手渡す。


「透ちゃんはどうなのよ、好きな人」

「私ですか?私今は、そういうのないです。友達とわいわいするのが、楽しくて」

「楽しいなら、何より。後は勉強あるのみだね」

「先生の意地悪ー!」


少女が羨ましくないと言えば、嘘になる。
もし私が普通の子であれば、彼女のように友達と賑やかな学校生活を送れたのだろうか。諦めてきた沢山のものを、手にすることができたのだろうか。

そうしたら、きっと的場との出会いもなかっただろう。私と静司は決して交わることのない運命にあったに違いない。



――…好きだよ


長い沈黙の後、私はゆっくりと吐き出した。電話の向こう側で、名取が小さく笑った。辛辣なことを言いながらも、彼は優しい。素直になれない私の本音を引き出し、提示してくれる。私が自分自身と向き合う機会を、与えてくれる。

言葉とは不思議なもので、自覚はしていたものの、口に出したあの時からより一層言葉の通りに感じている。
彼が愛しくて、たまらなくなる程には、私は的場静司を恋しく思っていた。同時に、溢れそうになる想いを煩わしくも思っている。

(いっそ、交わらない運命だったら良かったのに)

あまりにも近く、あまりにも遠い彼との距離が苦しい。好きだから、困る。私と彼は既に道を違えてしまったのだ。今更、昔のようには戻れない。

(今のままでは、対等ですらない)

せめて、自立することができれば、私は彼の前に堂々と立つことができるのに。

そう。好きだから、私は、新しい私になりたいと願うのである。


120229



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