初恋 私は自宅の他に、もうひとつ自分の部屋持っていた。そしてそこは、既に自宅よりも自分の帰る場所として相応しい場所と化している。 的場邸の一室である。 元々は、的場邸に詰めがちな私に休憩場所としてあてがわれたのだが、家に取りに行くのが面倒な仕事道具や学校の教科書、果てには着替えなんかを置くようになり、いつの間にか自宅の部屋よりも自室っぽくなってしまった。近頃は、帰るのも面倒だと寝泊まりまでしてしまう。 的場邸は部屋数が多いため、的場の人たちも大して文句をいわなかった。そして、ずるずると甘えてしまっているのだ。 私は中学生にあがったばかりながら、既に妖祓いの前線に、的場一門のひとりとして加わっている。その為、的場邸にいた方が何かと都合も良かった。それが、私が的場邸に入り浸る表向きの理由。 実際は――すごく居心地が良いからなのだ。此処にいれば私は"特別"ではなかった。ただの小娘に過ぎない。弱い、弱い子供でいれた。 自宅は、あまり好きではない。家族とも、あまり打ち解けられていない。 その全て原因は、私が"見える"せい。 「夢子姉さんの部屋は、相変わらず物で溢れている」 部屋に入るなり溜め息混じりに指摘された。私は顔をしかめる。後から入ってくる幾分か私よりも背の低い少年は、年齢の割には落ち着いた態度で腕を組んでいる。 「静司くんの部屋が閑散としすぎなんだよ。女の子は物が多くなってしまうから」 「女の子、ね。せめて、脱いだ服くらい仕舞ったらどうかな」 「はいはい」 静司くんは、私のひとつ下でこの的場家の嫡男だ。彼はいずれ当主になり、私はいずれ彼の部下となる。 けれども今はお互いそんな立場はなく、並んで祓い人としての技を切磋琢磨する仲だ。幼い頃からの流れで、彼は年長の私を姉と呼ぶ。実際には、兄弟のような幼なじみのような、未来の上司部下という微妙な関係だった。 「それよりも早く、座って」 適当に、散らかった物を見えないように仕舞い、静司くんを促す。 「先週、家の蔵から見つけてきたんだ。多分、祖父のものだとおもうけれど。どう?」 「あぁ、なかなか面白いね。的場の蔵書にはないものだ」 「でしょう!」 卓袱台の上に広げたのは、古い和綴じの本である。刈屋家の蔵から勝手に持ち出してきたものだが、私以外の親族は、蔵に近寄りたがらないので問題ないだろう。 「刈屋家はまた、的場家とは異なる方向に特化している。だから、勉強になる」 お互いに本やら呪具やらを持ち寄って勉強会をすることが、私たちの慣例となっている。昔はそれこそ基本的な知識の確認だったけれど、一通りの知識をつけた今では、まだ公にはなっていない冊子などを拝借し、大人にも負けないような研究にまで手を伸ばしていた。 「ねぇ、明日は、忙しいの?」 「夢子姉さんが帰ってくる頃には、弓の稽古が入ってるな」 「そっかぁ…明後日はまた私、妖狩りだしなぁ…」 昔はあんなに一緒だったのに、成長するにつれてだんだん合わなくなるスケジュールが。 静司くんも中学生になればまた、と思ってみても、きっと男女の差や立場の差で、やっぱり一緒にはいられなくなるのだろう。 「私が中学生になってから、全然会えなくなっちゃったから、つまらないね」 「姉さん、寂しいんだ」 「違っ寂しいのは静司くんでしょ!」 全く、静司くんの言う通りなのだが、認めるのは悔しすぎて否定する。 彼はひとつ下のくせに、察しは良いし頭は良いし、生意気だ。どっちが年上だかわからない。またどうせ、呆れられるんだろうなぁと彼に目を向けたら、静司くんは笑って答えた。 「そうかもしれない」 思わぬ肯定にきょとんとしていると、彼の手が私の手に触れる。 「だから明日も、部屋に呼んで?」 夜なら暇だから、と念を押されて頷く。目の前の静司くんの笑みは、どこか悪戯っぽくて。弟で幼なじみな関係なのに、頬に熱を感じる。 今から思えば、きっとこれが、初恋だったのだろう。 120217 |