家移り


なんとか片付いたのは、もう日が暮れかかった頃だった。向こうを引き払う際もなるべく荷物を減らそうと苦心したのだが、それでも積み上げられたダンボールを減らすだけで1日近くかかってしまった。


「住めるようにはなったかなぁ」


ひと息吐いて、部屋を見渡す。
家賃の安さからしたら、かなり条件の良い物件である。少し古いと言われたが、思った以上に管理は行き届いており問題もなさそうだ。セキュリティーに若干不安はあるものの、まぁ、盗まれて困るようなものはない。
そもそも、こじんまりとしているものの一人暮らしで平屋の一軒家。賃貸とはいえ少々贅沢なくらいである。

名取に紹介してもらったこの物件は所謂、"曰く付き物件"だ。とはいえ"原因"は、大分前に名取が解決済みらしい。けれども、"曰く付き"と近所では有名なここに買い手はつかず、そのままになっていたのを紹介してくれたのだ。

(ま…ギブアンドテイクかな。きっと周一くん、仕事場に戻るの面倒なときに利用する気だろうし)

彼が、新たな拠点の一つとして数えているのは明白だ。今更名取との間に恥じらうものもない(少なくとも私には)ので、泊めたり物置にされたりも気にならない。安く住居を紹介してもらった見返りには、十分だろう。

既にご近所への挨拶は、今朝済ませていた。心配そうな顔はされたが、ひと月も暮らせば安全だとわかってもらえると思う。
粗方片付いたし折角だ、珈琲でも淹れようか。――思ったところで、思考から消去していた来客の存在を思い出した。



「静司くん、いつまでいる気かな」

「おや、夕飯でもご馳走していただけるのかと思っていたのですが」


ソファーで優雅に足を組む的場は、わざとらしくにこりと笑んで答えた。それから、手に持った数枚の護符をちらつかせる。


「任せて下さい。結界は、しっかり張っておきましたからね」

「ずっといるなら、荷物整理の方手伝って欲しかったんだけど」

「式に手伝わせようかと、提案したじゃないですか」


家主が走り回っている間、一人寛いでいた彼は、私が口を尖らせても尚自分で動く気はないらしかった。流石当主、人や式を使う姿は板に付いている。


「やだ。的場の式は好きじゃない」

「ほら。だから、連れてこなかったでしょう?」


会話を聞いているとまるで私が我が侭を言っているみたいだが、実際正しいのは私だ。勝手に、押し掛けて来たのは彼である。結界だって自分で張るつもりだった。それに的場一門の結界は、なんかしつこくて好かない。

(きっと、名取の式も弾かれるだろうなぁ)

彼の結界は完璧だ。それこそ、的場の式以外の"見えざる者"は遮断されるだろう。実は今日の押し掛けはこれが目的ではないかと疑っている。後でちょっとだけ、結界の調整の必要をしなければ。


「で、何しにきたの?」


手頃なカップを探しながら、私はソファーを占拠する弟分に声を掛けた。そういえば今日はスーツ姿。珍しい。珈琲、飲むかな。


「夢子を誘惑しに、ですよ」


目を細め、誘うように見上げられる。
彼は、一般的な目からすれば些か変人のような部分はあるが、それでも顔は整っている。きっと、今のでくらりときてしまう女の子も多いだろう。
残念なことに私は美形に微笑まれたくらいで一門に戻る気はないし、彼の顔は見慣れている。

(誘惑じゃなくて勧誘でしょ…私を誘惑してどうするのよ)

一門も、今は経営難。私の力が欲しいのはわかる。が、当主をこんな一人でうろつかせていいのか。


「静司くん」

「なんでしょう」

「カレー作ってあげるから、今日はそれで帰ってね」


以前彼は、無理には連れ帰らないと言った。今日も、仕事ついでにちょっかい出しに来ただけなのだろう。私も随分慕われたものである。
結界のお礼に夕飯をご馳走する旨を伝えれば、彼は当てが外れたような表情で溜め息を吐いた。


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