東方見聞のススメ、六


結局、夏目くんは無事逃げおおせたらしい。

夏目くん発見後、あっさりと静司に捕まった私は、そのまま別室へと閉じ込められてしまったのだ。腹立たしいことに、わざわざ私が容易には解けない仕掛けまで施して。だから、結果的に夏目くんを静司に引き渡すことになってしまった。彼がどうなったのか、気がかりだった。

少し経った頃静司の部下が私を迎えに来て、ようやく事情を聞くことができた。
静司から直接話を聞けていないので、夏目くんと静司がどんな会話をしたのかはわからない。でも、交渉は決裂したらしい。分かりきったことではあったが、ちょっとだけほっとしたのも事実。
夏目くんは複数の大物妖に伴われて去って行ったという。最後は妖怪大パレードで幕を閉じたのだそうだ。


…そこまでは聞いた。夏目くんと話が出来て、少しは静司も楽しんだらしいという話も出ていた。だけども。


(これは、聞いてない…!)


呼ばれた部屋に足を踏み入れたその瞬間、私は床へ引き倒された。幸い、畳だったので衝撃は少なかった。でも、かなり驚かされたしいきなりこんなことされるなんて、酷いことだと思う。

――けれども。
引き倒したその張本人を目にして、あっという間に驚きは恐怖へと上塗りされたのだった。


「せ…静司くん…?」


私が名前を呼ぶと、彼はうっすらとした笑みを唇に浮かべた。だが、彼の顔は全然笑っていない。私には、怒りを無理やり押し殺しているようにさえ感じた。
私の上に馬乗りになる体勢で、見下ろされている。彼の肩から落ちる長い髪が私の首筋を撫で、思わずぞくりと身体が震えた。


「夢子は、私を振りまわすのが上手ですね」


彼は今、とても機嫌が悪い。それはわかる。でも原因はわからない。


「多少の隠しごとは目を瞑るつもりでしたが、私を裏切るつもりならば容赦はしませんよ」

「せ、静司くん?ちょっと何言ってるかわからないんだけど」

「黙れ、貴女の意見は求めてない」

「いやいや…言論の自由は認めてよ…」


これは夏目くんとの会話で何かあったな、と察するもどうする手立てもなく、私は彼を見上げた。ここで、どうしたのと尋ねるのは簡単だ。だがこの男の性格からして、どうせ答えないだろう。

(ここは穏便に、大人しくしていよう)

黙る私に、静司は疲れたように溜め息を吐いた。強い怒りを込めた瞳で私をじっと見据えていたかと思うと、唐突に呟いた。


「貴女の言い分はよくわかりました。下手に出ていた私が、悪かったのだと」

「え…」

「もう少し、貴女の心の準備を待つつもりだったんですけれどね。もう、やめた。貴女をこれ以上、自由にしてはおけない」


ぎちり、と私の腕が軋む。静司が私の腕を床に縫いつけるようにして抑えたからだった。普通に痛い。


「ちょっと…?!」


「異論は認めませんよ」


彼の言葉の意味が気になる、でもそれどころじゃない。やはり静司は私に、答えを与えるつもりは最初からなかったらしい。文字通り、力で抑え込むようにして彼は私の言葉を遮る。
そして、強引に唇を彼のそれで塞がれてしまえば振り払う手立てはないのだった。…こうなったら、されるがままになるしかない。

こんな自分勝手で強引で酷い男、他に居るだろうか。ちらりとそう思ったのだけれど、そんな男が世界で一番好きなのは、私なのだ。もう、慣れるしかないのかもしれない。


とりあえず、私の東方見聞は終わった。
全く、散々だった。


140404



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