東方見聞のススメ、五


かなりの、危機的状況である。
少なくとも夏目貴志はそう思った。

正面に座り、貼りつけたような笑顔を浮かべる男を睨みつける。的場静司、的場一門の当主。彼は、穏やかな表情をしながらも、夏目をじわじわと追い詰めていた。どこで調べたのか、親戚をたらいまわしにされていた頃の数々の事件も知っているようだった。

(刈屋さんは大丈夫だろうか…)

冷え切った空気の中で、思う。

夏目を助けてくれるといった彼女は、的場静司がやってくると同時に、どこかの部屋へと連れ去られてしまったのだ。彼女が夏目を逃がそうとしていたことがまずかったのである。彼女が的場一門でどのような役割を負っているのかはわからないが、当主の意向に逆らったとなったらただでは済まないだろう。自分のせいで彼女に被害が及んだらどうしようと、気がかりでありながらも、今の夏目には何もかもがいっぱいいっぱいだった。


「的場一門に入りませんか」


虚を突いたその申し出に、夏目は一瞬呆気にとられる。だが続いた彼の言葉に、返答は考える間もなく出た。


「君も無理解な人達といるのは面倒でしょう」

「――…お断りします」


夏目は語る。妖に関わって、確かに嫌なことは沢山あった。だが良い出会いもまた、沢山あったのだ。それは人も、妖も、夏目にとっては同じことなのだと。

だからこそ、的場一門のやり方には賛同できない。一方的に妖を使役し、支配するようなやり方が。妖と縁のない人への態度だってそうだ。確かに厄介者のように扱われたこともあるけれど、藤原夫妻のように優しくしてくれた人もいる。もちろん妖のことは話していないから、その面での理解は得られていない。でも、それは心配を掛けたくない一心でのことだ。同じものを見ていないから一緒には居られない、自分にとって価値の無い人だなんて――思えるわけがない。

だがそれを言った途端、的場静司の顔色が変わった。


「危険ですね。君はすっかり妖に心を奪われている」


ばっさりと、的場は言い捨てる。聞く耳持たずというやつだ。


「彼らは人を惑わし、裏切りますよ」


そして、夏目が抱えていた壺を奪い取る。そこには、夏目を何故か追っていた猿面の妖が封じられていた。「破棄する」という言葉に慌てる。妖たちにも事情がある。決して悪い奴らではない。まして、猿面の妖は自分の主を助けたい一心で夏目のところへ来たのだ。それを人間の都合で、彼らをどうこうするなど、夏目には承諾しきれる筈がなかった。


「そんなことない!そう思っていない人だっている筈だ!夢子さんが祓い屋を辞めたのはそのやり方に嫌気が差したからだって――」


ぴたりと、一瞬的場静司が動きを止める。驚いた夏目に、彼は左目を細めて低く呟いた。


「おや、夢子がそんなことを言っていましたか」


まずい、と思った。咄嗟に夢子のことを引き合いに出したが、これでは夢子も巻き添えにしただけである。これ以上彼女の立場を悪くして、どうするというのだ。


「ち…ちが…夢子さんは、悪くありません!」

「随分親しいようですね。もしやとは思っていたが、夢子が貴方と知り合いだっただけでも驚きなのに、こんなに慕われているとは…色々、考え直す必要があるな」


慌てて、夢子庇うように言葉を続けようとする夏目だが、それは逆効果だった。的場静司は貼りつけた笑みを取り払い、表情を歪ませた。


「あの人にも、困ったものだ。どこまで私を振りまわせば気が済むのだか」


今までとは毛色の異なる彼のその態度に、夏目はただ、黙りこむしかなかった。


140401



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