東方見聞のススメ、四


「あっ…えっ…?!!」

「………」


彼が私の名前を呼びきる前に、私は開けた襖をすぐに閉めた。閉めた後に、ざぁっと血の気が引く。ああ、想定していた最悪のパターンに遭遇。吐いた溜め息は重い。一旦閉めた襖を前に深呼吸をした私は、意を決するともう一度襖を開いた。
無駄に広いこの屋敷の、小部屋の一つである。特に根拠があったわけはないが、なんとなくあやしいと思って開けたら大正解だったのだ。そこに座り込む少年は、私が想像していた通りの彼、夏目くん。


「まさか、一発目で引き当てるとはね。で、夏目くんはなんでこんなところにいるの」

「…刈屋さん…」


目を丸くした夏目くんは、咎めるような私の言葉に困ったように眉尻を下げる。彼の手には、的場の紋が入った壺。どうやらまた何か、厄介ごとに巻き込まれたらしい。前に学校祭で見かけた彼を思い出し、私は表情を緩めた。後ろ手で入ってきた襖を閉じると、夏目くんに視線を合わせるように座る。


「まさか、自らここへ来たわけではないでしょう?さっきから的場の者が、捕らえた少年が逃げ出したと屋敷を走り回っているから…大方、この付近をうろついているところを引きこまれたんでしょう」


普通の子は、この屋敷の周囲にたどり着くことさえできないのだ。でもきっと、夏目くんならば可能だろう。だが、ここは東方の森。彼の住まいからは大分離れている。どうしてこんな森に居たのかは、流石に推測はつかない。
けれども言いにくい事情でもあるのか、夏目くんは中々口を開こうとしなかった。散々迷ったように視線をさ迷わせた後、恐る恐る尋ねてくる。


「刈屋さんは何故ここに…?」

「ちょっとした仕事でね」


その言葉で、すぐに私が的場の手の者であることを思い出したらしい。にわかに頬を強張らせた夏目くんに、私は微笑んだ。


「大丈夫、私は夏目くんを捕まえたりしないよ。どうにかしてこの屋敷から逃がしてあげるわ」

「ほ、本当ですか?!」

「うん。前にも言ったでしょう、私は夏目くんにこっちへ近づいて欲しくないって思ってるのよ。だからうちの当主にも、貴方と知り合いだっていうことは言っていないし、無理に接触しようというのならどうにか阻止するつもり。でもね…」


私は笑みを消し、夏目くんを見つめる。


「夏目くんから近づかれたら、私にもどうにも出来ないの。今回のことは不可抗力なのかもしれないけれど…でも、もうちょっと気を付けないと。妖も的場も、君が思っているよりもっともっと、厄介だってこと」


やや厳しい口調で言うと、彼は顔を曇らせ肩を落とす。
詳しい事情は聞いていないものの、夏目くんがきっと苦労しているのであろうことはなんとなく察しがついていた。これほど強い力を持っているのだ。苦労しない方がおかしい。それも、彼は祓い屋一門の出ではない。私や的場とは違って周囲からの加護は全くなかったのだ。あの名取だって、没落したとはいえ祓い屋の出。理解は得られないながらも、自分を襲う物の正体は知っていたのである。
だから、今回のこともきっと彼は被害者なのだろう。自分ではどうもできなくて、巻き込まれたのかもしれない。わかっている。彼はかわいそうな子だ。同情してあげたい気持ちもある。

それでも説教しなければいけないと思った。なにより彼のために、年上で同じ世界を見る者として、きちんと叱りつけなければならない。巻き込まれることを仕方ないとしてしまえば、いずれ、取り返しのつかない事件に引き摺りこまれてしまうかもしれないから。


「ごめんなさい…」


私の心意が伝わったのかどうかは、わからない。でも夏目くんは、小さく呟いた。
うなだれる彼の頭をそっと撫でる。辛かったね、と。それでも妖と関わる道を選ぶのならば、これからも頑張らないといけないよ、と。そんな気持ちを込めて。
顔を上げた夏目くんに、笑いかける。


「わかればよろしい。認識、ちゃんと改めてね?うちの当主はとんでもなく粘着質でものすごく面倒くさい人なんだか――」


言いかけ、背後の気配に途中で言葉を切った。
夏目くんが硬直する。
ひやりとした手が、私の喉元を掴む。


「お久しぶりですね。こっそりあがりこんでくるなんて、まるで猫か妖のようですね」


その声は、愛しい婚約者のもので。
私は喉元の圧迫に抗うようにして首を背後に回す。
細められた左目が、私に向けられる。


「夢子。彼と何を話していたんですか」

「…」

「まったく貴女は。もう、妖には関わらないと自分で言っていたでしょう」

「……夏目くんは、人間よ」


静司くんは、ゆるやかに口角を上げた。


「さあ、それは本人に聞きましょうか」


140330



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