同窓生


日のすっかり落ちた繁華街の一角。
待ち人はもう来ていたらしく、カウンターで名前を告げるとすぐに個室へ通された。


「卒業おめでとう」


開口一番、微笑みながら彼は言う。向かいの席に座った私はその嘘臭い笑顔に、こちらも愛想笑いを浮かべて答える。


「ありがとう。周一くんこそ、また映画だってね。すごいよ、人気が」

「人気が、か。僕を褒めてくれるんじゃないんだ」

「私に、褒めて欲しいの?そんな間柄じゃないでしょ」


鼻で笑ってジョッキを仰ぐと、彼も黙ってジョッキを手にした。


「それで、どうした。夢子から僕に連絡取るなんて珍しい」


テレビにいる彼にしては、どこか違和感を感じるような歪な表情。その頬をヤモリの影が這い上がる。
名取周一と私、刈屋夢子は高校時代の同窓生である。当時はそれぞれに厄介な事情を抱えていたせいで紆余曲折あったものの、大人になった今では心を許せる数少ない友人として、お互い収まっている。


「私が大学卒業したのは言ったよね。就職決まってないのも言った?」

「そこまでは聞いた。教員免許はなんとか取得したんだってね」

「うん…これからどうするかは、言ってないよね」


一旦、息を吐く。それから、なるべく普段通りの調子で続けた。


「私、向こうに戻ろうかと思って」


名取が、動きを止める。
そして目を丸くした。


「…夢子が院生になってまで大学に残り続けたのは、実家から逃れたいが為だと思ってた」

「半分はそう。あとは研究が性分に合ってたのもある。…でもねぇ、私がこのまま学会に残ってるのもどうかと思ったの」


私の言葉に、彼も納得したように呟いた。


「"現代妖怪論"だっけ。卒論のタイトル」


妖怪学、あるいは伝承文学。
民衆の文化面を焦点に当てた研究を私はしていた。しかしそれは本来、ズルなのだ。というのは勿論、私が妖怪を日常的に見ることができ、実家も祓い屋を家業としているという環境にあるからだ。


「この眼鏡も、周一くんがしているのと意味合いは逆のものだしね」

「へえ、なるべく見えないように呪術をかけてるのか。不用心じゃないかい?」

「都会では、下手に目が合う方が厄介だよ」


それで、と名取は枝豆を摘みながら話を促す。


「"的場"に戻る気なの?」

「まさか!」


私は即座に首を横に振った。


「的場の人は私を裏切り者と思ってるし。家族にも勘当されてるし」

「それで、唯一君に固執している従兄弟くんだけが相変わらず諦めてくれないって?」


こちらの事情をかなり把握している名取は、少し面白がるように言う。


「その従兄弟くんが的場の頭領とは、なかなか人生出来てるよね」

「茶化さないでよ。静司くんに会わないように、帰れないかな」

「無理だろうね」


ばっさりと私の望みを打ち切った彼は、膨れる私にお構いなしに、メニュー表に目を落としている。

的場静司は、正しくは私の従兄弟ではない。血の繋がりはない。ただそんなようなもの、ではある。刈屋は的場一門に入ってから長く、私と静司は年も近かった為に幼い頃からよく一緒に過ごしていた。
そのせいか、それとも単に私の能力を買ってなのか、静司はやけに私を連れ戻したがる。


「夢子、一体帰って何をする気?」

「まだ考えてない…でも、狩ったり狩られたりは散々だな…ゆっくりしたい」


素直に漠然と希望を口にする。
名取はふうん、と妙な相槌をしたあと、いきなり妙な提案をした。


「じゃあさ、いい部屋を紹介するよ」


120107



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