お仕事の誘い


「夢子。たまには私の仕事を手伝ってくれませんか」


何でもないことのように、さらりと投げかけられた問いを私はばさりと切り捨てた。


「やだ。私、もう祓い屋はやらないって言ったでしょ」


その日の昼過ぎに前触れなくやってきた彼に、珍しく翌日も急ぎの用事はないと告げられた。多少浮かれていた私も「じゃあ泊まっていく?」だなんて提案をしたのである。二人でスーパーまで買い物に行き、簡単な夕飯を済ませ、静司くんが持ち込んだ日本酒をゆっくりといただいたりして。

まったりとした空気に、とっても普通の恋人同士な雰囲気ではないかと勘当した。私たちでも普通に恋愛、できているではないかと思った。その、矢先。

突然出された「的場」の話題に、一気に酔いは覚めた。私を酔わせ、自然な流れで話を進めて、承諾を得る作戦だったのだろうか。残念ながら、そうは簡単にいかせない。


「いくらお酒飲んでても、私は意志を曲げないわよ」


あからさまに顔をしかめたら、彼は宥めるように指を絡めてきた。すっかり冷静になってしまった私に対して、静司くんの方は未だにゆるやかな雰囲気を纏っている。


「覚えていますよ、そんな事。夢子が承諾しないだろうことも分かっている。頼みたいことは、雑用だ」

「は、雑用?」

「そう。的場も人材不足でね、夢子が来てくれると助かるんだが。アルバイトだと思ってくれたらいい」


どうせ大して仕事もしていないのだろうと、鼻で笑われる。事実ながらも、指摘されると痛い。でもそれは静司くんには言われたくない台詞である。祓い屋は、特殊な環境下でなければ認知されない仕事だ。祓い屋でない静司くんなんて、ただの長髪眼帯の怪しい人である。
…なんていうことは、置いておくとして。


「七瀬さんあたりに今の話をされたら、納得するんだけど。なんで静司くんが直接、雑用の人手集めてんのよ」

「推薦ですよ。夢子に来て欲しいから、言ったんだ」

「何か企んでる?」


私の問いに、彼は笑みを深くした。…これはきっと、何かあるな。でも、拒否する間は与えられない。静司くんは私の頭を撫でながら、言葉を重ねる。


「いいじゃないですか。私もたまには、可愛い婚約者に仕事ぶりを見てもらいたいんです」

「的場邸には顔、定期的に出しているけどそれじゃあダメなの?」

「今回は、遠征なんですよ」


静司くんの口振りに、ああこれは抵抗するだけ無駄だなと思う。誘いに来たのではなく、事後報告に来たのだ。既に私が行くことは決定事項なのだろう。


「大丈夫、夢子も馴染みのあるところだから」

「ふうん。で、何処?」

「―――東方の森」


思わず顔を上げた。静司くんに目を向けると彼は楽しげに微笑んでいる。

(や、やられた…)

頭を抱えたところで、助けてもらえそうもない。
馴染みがあるどころではない。そこは私にとって、かなり曰く付きの土地だった。


130912



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