エンゲージリング


ちゃっかり、薬指にはめ込まれた華奢な指輪が視界を掠める度に、嬉しいような面倒なような微妙な気分になる。
ちなみに透ちゃんに先日見つかった時は、にやにや顔を向けられた。


「・・・厄介なことになったなぁ」


正式に婚約が決まった後、私と静司くんはまず恋人としてのお付き合いを開始した。その一環で贈られたのがこの指輪。いわゆる、婚約指輪というやつである。

全力疾走で森を駆けながら、指輪に添えられた紅い石に舌打ち。それがただのルビーであれば、素直に喜べたものを。
私は、できれば穏便に済ませたいのだ。争いは争いしか呼ばないという理は、とうの昔に学んでいる。


「学んでいても忌避しきれないのは、組織に所属している故の自由の効かなさが原因だよね・・・」


今現在私は、少々厄介な妖に追われているのだった。なかなかに久しぶりの感覚に、懐かしさと嫌悪感が湧き上がった。それでいて、軽くあしらえる位には順応している自分が嫌になる。
森に踏み入った時点でこうなることはわかっていた。数年離れていたとはいえ、私はかつての的場の主戦力である。あまりに的場の匂いが付きすぎているのだ。しかも。


『首刈り御前が、帰ってきやがったー!』


大音量で叫ばれた名に辟易する。昔の私の通り名である。改めて、女の子が冠するに適さない大変物騒なものだなと思う。でもこれは、妖どもが勝手に呼び始めた名称だから仕方がない。

そうこうしている間に、開けた場所に出る。そこで漸く、足を止めた。


「さーて、よくもこんなところまで追い掛け回してくれたわね?」


全力で逃げていた先程からは一転。躊躇いなく振り返った私に、妖は怯んだように動きを止める。私の何倍もの大きさのやつなのに、小娘がにやりと笑ったそれだけで、びびっているのだ。

(まぁ、それだけのことをしてきたんだけど)

争いはできる限り避けたいけれども、絶対ではない。時と場合により、例外はあるのだ。


「要は、しつこい奴は嫌われるってことかな」


呟き、私は隠し持っていた数枚の札を妖に投げつけた。そして我ながら無駄のない、舞うようなステップで相手に詰め寄り、軽く手を翳しながら呪を唱える。
翳したのは左、指輪のある方の手だ。
刹那、キラリと紅い石が光を帯びた。かと思えば強烈な旋風が巻き起こる。


「これに免じて、これからは舞姫とか、そういう通り名を付け替えてくれないかなぁ」


瞬いた後には綺麗さっぱり、妖の姿はない。呪具を用いた簡易術式とはいえ、実践で行ったのは久々だ。私の腕もまだ捨てたものではないらしい。
ちなみに、封じたり滅したりしたわけではない。少し遠くへ追い払っただけの応急措置だ。

それはそうと、やっぱりこの婚約指輪はすごかった。霊力増強も兼ねているだなんて、聞いてない。一体どれほど価値があるものなのだろう。七瀬ですら驚いていたのだから、相当。怖くて聞けそうにない。


これを、もらった時の会話を思い出す。


「婚約指輪に、退魔石を使わなくてもいいんじゃないの?」


いくらなんでも無粋ではないか、と年下の恋人に意見する。しかし静司くんは悪びれずに言ってのけた。


「役に立たないただの飾りより、合理的で良いじゃないか。それに、第一」


指輪をした方の手を掴まれる。指を絡め、引き寄せられるままに従えば、緩やかな動作で頬に口付けが落とされた。


「元々指輪を付けさせるのは、男除けの為。私は嫉妬深いから、妖怪であろうとも夢子に近づいて欲しくはないんですよ」


的場の嫁になるというのは、言葉にするよりもずっとずっと、厄介なことのようだ。



130702




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