三者三様、三


余計なものは見ない、関わらない、忘れる。そう決めたばかりで、この状況。私は馬鹿なのだろうか。


「刈屋さんが、的場一門・・・?」


一瞬にして夏目くんの表情が凍りついたのを見て、私は頭を抱えたくなる気分だった。私の横では名取が、実にいやらしい笑顔を浮かべている。こうなることは予想できていたのだろう。なんて答えようか、と迷っていると夏目くんの隣りでじっとしていた猫が、ようやく口を開いたのだった。


「ほらみろ夏目。やはり録な女ではなかっただろう」

「ニャンコ先生、」

「先程もあの女が名取と居るのには気づいていた。だから待てといっただろうに」


――ニャンコ先生。夏目くんが呼んだ猫の名前を口の中で転がす。
その呼び名、態度、どうやらあの猫は夏目くんが従えているというのではなさそうだ。一見、猫の方が立場は上。だけれど名取が付いている限り、夏目くんが化け猫に飼われている、だなんて不健全なことはないだろう。


「酷い言われようね。私、死臭にでも満ちているのかしら」


私は、取り繕うのを諦めて猫に向かって笑いかける。初対面の時から、この猫が一筋縄ではいきそうにないことには気づいていた。もしかしたら、的場のどの式よりも強いかもしれない。きっとこの外見は仮のもの。本来の姿がどれほどのものなのか、全く測りきれない。
じろじろと品定めをしていたことに気づいたのか、猫は馬鹿にするように私に吐き捨てる。


「それだけしつこくマーキングされていれば、探るまでもなくわかるわ。それとも、妖に狙われるのが怖いか?」

「まさか。祓い屋からは足を洗ったとはいえ、貴方たち妖にはとてもここでは言えない程、酷いことを沢山したもの。恨まれて当然、覚悟の上よ」

「・・・元・祓い屋なのに、まだ的場一門なんですか?」


殺伐とした会話を繰り広げていた猫と私に、躊躇いがちに口を挟んだのは夏目くんである。すると私の代わりに名取が軽く答えた。


「夢子はちょっと特殊でね。一度抜けたけどまた連れ戻されたっていうか。あ、でももう妖にはかかわらないんだっけ?」

「うわ、周一くんすごくうざい」


名取は、私が間抜けにも静司くんに懐柔されて恋人というポジションで的場に戻ったことを、からかいたいようである。事実であるし否定はしないけれど、わざわざ夏目くんに伝える必要はまるでないので、軽く睨みつけ名取を黙らせた。


「私の家は代々的場に仕えているから、簡単に抜けたりできなくてね。一門も決して経営は楽じゃないから、祓い屋としてじゃなくてでも私を人手に数えたいってわけ。まあ、他にも色々事情はあるんだけど・・・」


適当に濁しつつ説明する。夏目くんはじっと私を見つめ、それから困ったように視線を泳がせる。どうやら聞きたいことがあるようだ。聞きにくのか、躊躇う彼を促す。夏目くんは、ちらりと名取に視線を向けながらおずおずと切り出した。名取は、随分信用されているらしい。


「刈屋さんは、的場さんの妖への対応をどう思っているんですか。――それが嫌で、祓い屋をやめたのではないんですか」


合点がいく。夏目くんは多分、静司が仕事しているところに遭遇してしまったのだ。そして、そこの猫のように妖を身近に感じている彼からしたら、受け入れ難い光景を目にしたのだ。


「そうね。確かに、的場のやり方に嫌気が差したのもやめた理由のひとつ。でもなにより、全部的場のせいにしている自分も嫌だった。・・・一門には色々思うところはあるけど、私、今は自分の意志で的場に居るのよ」


ぐっと黙り込んだ夏目くんは、難しい顔をする。彼がどのような子で、何を思っているのかはわからなかった。ただ、彼にとっては的場一門は悪なのだろう。


「夏目くん、ごめんなさい。その様子じゃ、うちの当主が大変なことをやらかしたみたいね」

「い、いえ、あの、・・・刈屋さんが謝ることでは、」

「ううん、謝らせて。この先のことも含めてだから――多分、的場静司は貴方にまた近付くでしょう」


ぎくり、と夏目くんは身体を強ばらせた。猫、ニャンコ先生も目つきを鋭くさせる。私は、取り繕うように笑みを浮かべた。


「私個人はできる限り、夏目くんにこっちへ近づいて欲しくないと思っている。微力だけど、彼が貴方から目を逸らすようにはしてみるつもり。でも、一番は夏目くんがこちらへ近づかないことだよ」


それでも、静司は手強い。どこまで誤魔化せるかわからない。名取が、どこまでこの子を救いたいのかもわからない。が、私は祈るように言い聞かせるのだ。


「夏目くんは私や周一くんとは、全然違うもの。こっちに来てはいけない」



130514



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