浮気調査


ところで私は、週の半分を的場邸で過ごすことを強要されている。しばらく無視し続けていた妖に対する慣れや対応を学ぶ為と、式や一門の人間に私を的場の嫁と認識させる為だ。
さも必要な事のように聞こえるが、実際は妖怪をダシにした単なる花嫁修行をさせられているにすぎない。

とはいえ、一門で育った私が彼らに受け入れられるのは早く(静司くんや七瀬の暗躍もあったらしいが)、未だに籍を入れないのを不思議がられていたりもする。
進展しないのは私が渋っているからで、静司が私に甘いからなのだ。七瀬や幹部連中は、この花嫁修行中にあわよくば静司との子を身ごもってしまえとすら思っているらしい。老婆心にも程がある。

(その辺りは気づかない振りでどうにかなるし、静司くんもあんまり気にしてなさそうだし・・・・・・と思ってたんだけどなぁ)

もしかしたら、乗り気なのか。私が焦らしすぎなのか。そんなにこの男は私が好きなのか(自惚れみたいで嫌だけど)。


「静司くん、あの、ちょっと苦しいんですけど」

「ああごめんなさい。上手く加減ができなくて」

「・・・・・・ひゃっ!ちょ、ちょっとちょっと本当になんなの?!昼間だからね?!」


唐突に、前触れなく、正面から抱きすくめられる。首筋に静司の顔が埋まる。顎あたりを彼の長髪がくすぐり、こそばゆさに肩をすくめた。
奇襲攻撃のような突発さに、反応できずに固まる。静司の息遣いを感じ――舐められた。


「あぁうっ」


なんて、妙な声も出てしまう。私が大人しく硬直しているのをいいことに、軽く歯を立てて甘噛みまでしてきたのだ。
そこまできて、我に返った。押し返してもびくともしない胸板に痺れを切らし、足を勢いよく踏みつけてやった。


「ッ!! 夢子、いくらなんでもそれは、酷い」

「せ、静司くんが調子にのるからでしょうが!なんなの?年上をからかってるの?発情期なの?!」


ようやく抱擁から抜け出した私は、肩で息をしつつ喚いた。さっきみたいに襲われた意趣返しにしては、易しい方である。
しかし当の静司に反省した様子はなく、逆にこちらを責めるように見下ろした。


「からかっているわけでも、発情期なわけでもありません。夢子が悪い、妙な匂いをつけて帰ってくるから」

「は・・・・・・匂い?」

「男の匂い―・・・名取サンではないですね。それに、妖のもいくらか。雑魚も多いが、このやたら霊力の高そうな奴は何でしょう」


彼の発言に呆けた隙を突かれ、手を引かれた私はまたもや彼の腕に捕らわれる。


「単にすれ違った程度ではないですね。名取さんに関しては今更不問と決めたが、私は許嫁が男を誑かして帰ってくることに、寛大でいられはしないな」

「・・・・・・」

「私も、男だ。しかも貴女を愛している。それと知りながら私を弄ぶ貴女は、酷い女ですよね」


あまりの言われようにむっとしたが・・・・・・どうしよう、心当たりがある。勿論浮気ではなく、妖の件だってたまたま鉢合わせしたようなものだが。

(田沼くんと文化祭、ちょっとまわっただけなんだけど・・・!)

静司は恐らく、なんらかの仕掛けをしていたのだろう。私の行動を把握するようなものを。でも、想定外だ。彼が束縛系だなんて。


「浮気してないしする気もないし、束縛もされたくないんだけど」

「ははは、いくら夢子の頼みでも監視の目を緩めるつもりはない。少なくとも、名取さんと絶交でもしない限りは、ね」

「えっ周一くんは不問でしょ?!」

「貴女が友情しか抱いていないのは、理解しました。でも彼の方は確認していませんからね」


私はともかく、名取は完全とばっちりである。かわいそうに。
これは何を言っても駄目だろう。呆れて視線を下げると、静司は何ともなし呟いた。


「名取さんといえば・・・夢子、彼が子飼いにしているらしい少年を知っていますか?」

「少年?なにそれ」

「夢子にも隠しているのか。夏目くん、というらしいのですがね」

「・・・・・・へぇ」


動揺を、悟られないように私は目を瞑る。

ーー不可解な少年/的場の目を逸らすような/名取の子飼いの/透ちゃんの友達で/猫なんて可愛らしいものではない/霊力の以上に高い/曲者/夏目、貴志。

(ああ、妙なものに関わった)

様々な情報が脳裏を駆け巡り、色々な辻褄が合ってしまった。これはまずい、きっとあまり知らない方がいいこと。

(少なくとも、私が口を出していいものではない)

それは直感だった。静司に悟られてはならないと、本能が告げる。

私は静司の追求を逸らすように、今は大人しく、彼の口付けを受け入れることにした。


121118



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