学び舎騒動、三 夏目くんらしき後ろ姿、そして田沼くんが走り去ったその向こうに”異形の匂い”を感じた。 私の能力を制限している眼鏡を外すと、それはより強く感じられた。 「うーん、腕落ちたな」 現役時代であれば、気配だけでなくその性質まで察知できただろう。 この学校、妖の気配が至る所にある。土地柄、街中にもごろごろいるが、ここの密度はその比ではない。 (霊地ってわけじゃないのにな。なにか原因がある筈なんだけど・・・) 例えば、妖怪を引き付ける何かがあるとか。 ”見えない子”ばかりならば、下手に刺激せずにいる方がいい場合もある。でも対処できるなら、原因を根本から断っておきたい。これだけ人が集まれば、敏感な人も出てくるだろう。今は大丈夫でも、後に大きな禍を呼び起こす可能性もあるのだ。 透ちゃんがいい例。そもそも仕事場を、数ある高校生の中から透ちゃんに決めたのは、彼女の家が妙な異質さを放っていたから。あれはちょっと、無視できないレベルだった。 (でも今回は透ちゃんではないよね) 私は、周囲に気を配りながら田沼くんの後を追う。否、これはきっと夏目くんの気配。濃厚な霊力、一度しか会っていないけれど間違えようがない。 夏目くんについては、前から気になっていた。彼は並みの人間とは段違いに、清廉な冷気を纏っている。 それに――あの猫。 夏目くんが飼っているという”アレ”は猫だなんて可愛いものではない。依代に紛れてその本質は看破できなかったが、なかなかお目に掛かれない上級妖怪であることは確か。 (アレを、飼っているのか・・・飼われているのか) ぞっとしない想像である。”おいしそうな”夏目くんに目をつけて取り付く・・・実に有り得る話だ。 でも夏目くんからは、操られているような様子はなかった。透ちゃんから聞く話でも、ごく普通の男の子としか思えない。 (飼っている・・・従えているのなら、余程の曲者ね) あの猫には、的場の式を総動員しても勝てるかどうか。 (どの道、夏目くんが原因で間違いないか) 私は足を止め、少し先の様子を窺う。 床に伏す女子生徒と夏目くん。低級ながら人に”憑く”ことに特化した、やや面倒な妖の気配。 予想よりも全然、事態は易しい。私が彼らの前に出て、呪符を翳してしまえば片がつく。 しかし私はあえて、身体を潜めて彼を見守った。 (・・・猫) 夏目くんの飼い猫が、刹那、鋭い妖気でその妖を払ったのだった。 一瞬の出来事。久々に感じた高密度のそれに、びりびりと肌が粟立つ。 (出る幕はなかった、みたい) ひと息吐き、取り出しかけていた呪符を仕舞った。護身用に、と静司くんに押し付けられたこれを、こんなに早く頼る羽目になるなんて。 静かにその場を離れ、私は予定通り帰路に向かう。 「夏目貴志くん・・・か」 厄介なものを、見つけてしまった。どんな関係かはわからないが、あんな強力な妖を従えているなんて。私自身、妖に関わるのは辞めたつもりだったが、的場一門に戻った今そうは言っていられない。 眼鏡をかける。 そこにはすっかり”異物”の排除された、当たり前の風景が広がった。 121114 |