学び舎騒動、二


成り行きで、多軌の家庭教師の夢子さんと文化祭を回ることになってしまった。年上の女性と歩くことが殆どないためか、妙に緊張してしまう。
スッキリとした色のシャツに細身のパンツ、メガネを掛けた彼女は、まさに大人の女性。学校の先生とはまた違ったその様子に、すれ違う生徒も何人かチラチラとこちらに目を向けていた。


「夢子先生!」

「と・・・透ちゃん?!」

「ち、違います・・・今の私は多軌透ではなく、指名ナンバーワンのイケメン、トオルです」


五組の模擬店、女装男装喫茶に着くなり迎え出た多軌は、スーツを着て髪をスッキリさせた(本人曰く)男装姿であった。
妙なキャラ設定まであるらしく、自分で照れながらぎこちない笑顔を浮かべている。夢子さんは声を上げて笑っていた。


「でも田沼くんと一緒だなんてびっくりしました!」

「入口で会って、案内してくれてるの」

「へぇ、田沼くんやるわね」


急に話題にあげられ、ぽかんとしている間にも女性陣は楽しげに会話を弾ませる。
夢子さんと話している多軌は、普段よりもはしゃいで見えた。彼女は他の女子たちに比べて大人びたところがあるように思っていたが、こうして見ると年相応である。

(夢子さんのおかげなのかな)

そう思うと、少し不思議な人だ。


「私、午後はずっと当番で抜けられそうにないんです。せっかく来ていただいたのに、案内できなくて・・・」

「いいのよ。透ちゃん、今日は沢山楽しまないとね。私は十分笑わせてもらったし、もう少し回ってから帰るわ」


多軌は酷く残念そうに肩を落とす。それから、くるりとこちらに向き直った。


「田沼くん、私の代わりに夢子先生をよろしくね!」





「あはは、よろしくされちゃったね。田沼くん、付き合わせてごめんね?」

「大丈夫です、俺もひとりだったんで。じゃあ、次は夏目のところに行きましょう。さっき覗いたら大繁盛で、エプロンもすごい似合ってたんですよ」

「それは楽しみ!」


多軌の模擬店を後にし、再び連れ立って歩き出す。たわいのない会話を楽しみながら、ぼんやりと思った。

(彼女となら、夏目もすぐに打ち解けるんじゃないかな)

その時突然、廊下の先を見覚えのある後ろ姿が駆けていくのが見えた。


「夏目!??」


今の時間はまだ教室にいる筈だ。そして何より――あの尋常でない慌てよう。何度か目にしたことのある”妖に関わっている時の夏目”だった。


「すみません夢子さん、今日はここまでで!」

「田沼くんっ?!」

「本当にごめんなさい!急用です!」


そう夢子さんに言い残し、夏目を追って走り出す。きっと不審に思われた。多軌にも悪いことをしたかもしれない。
だけど、放っておけないのだ。夏目はすぐに、無茶をするから。






「あれは・・・」


そして俺は、残された夢子さんが静かに眼鏡を外したことを知ることはなかった。



121029



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