デート


仕事を抜けて頻繁に訪ねてくる癖に、暇ではないと言い張る彼を捕まえて誘い出したのは、今朝のことである。


「・・・洋服似合わないよね。もっとマシなの持ってないの」


途切れた会話を埋めるように、ずっと思っていたことを聞いてみた。
誰が用意したのかわからないが、本人ではないと思う。胸のあたりのさりげないロゴは、某有名スポーツメーカーのものだ。簡素なものだが、そのシンプルさがこの長髪眼帯男の不気味性を高めている気がする。いっそ、ちょっとゴテっと着飾らせた方が似合うのではないか。


「夢子が洋服で来いと言うからでしょう。スーツも和服も駄目だと」

「目立つんだもん。ただでさえ、静司くんは人目を引くんだからっ」


ある意味、名取と居るときよりも注目度は高い。長髪眼帯など、普通の感覚ではどう考えてもイタい格好である。その上、和服やスーツを着られたら最早カタギには見えないのだ。

(今度周一くんに、メンズブランド教えてもらお)

なんてこっそり思っていると、半歩前を行く彼が私をまじまじと観察していた。


「夢子は気合入ってますね。化粧ばっちりで、そんなに私とのデートが楽しみでしたか」

「ばっ・・・いつも化粧はばっちりだよ!静司くんが、すっぴんの時狙ってくるから・・・!」

「別に、狙ってはいない。化粧なんてしなくても可愛いとは思いますが」


冗談か本気かわからないようなことを、流し目を向けながら言うものだから、威力は絶大だ。・・・きっと、私の顔は赤い。


「素直になればいいのに」


嘲笑うように言われて、ちょっとだけ腹が立った。

衝撃な婚約から数日、今日のお出掛けは私なりに彼に向かい合おうと考えた結果だ。半ば周囲に流された末の婚約だったが、私も私なりに納得して返事を出した。
が、長年逃げ続けた(彼に言わせればである)私は今更どう接すればいいのかわからなくなったのである。それで、いっそ最初からやり直してみればという助言に従い、今に至る。

(すっぽかされると思ったのに)

――洋服で、駅前に、朝10時待ち合わせ。
自然に生活をしていれば、私たちは妖怪がらみの森や的場邸ばかりに居るのだ。だから今日くらいは普通のカップルのように、街で過ごそうと言った。
元々、世間ずれした世捨て人のような男だ。嫌がるだろうと思っていたんだけど。

(文句、ひとつ言わずに来てくれた)

自惚れかもしれない。でも、大切にされているみたいで嬉しい。弟のようだと思っていたやつに、こんなときめくなんて悔しいけれど、好きなのだから仕方がない。
衝動に身を任せ、静司に手を伸ばした。


「・・・なんですか、いきなり」


つながれた、右手と左手。眼帯側からの奇襲に反応できなかったらしい。


「素直になってみたの」


笑って、ぎゅうと力を込める。私より大きな手のひらは少し冷たかった。
と、顔をそらした彼に異変を見つける。


「なっなんで顔赤いの?!」

「・・・赤くない。夢子の方こそ、仕掛けておきながら照れないでください、まったく」


こちらを見ずに足を早めた彼に、引っ張られるようにしてついていく。


「貴女は・・・・・・不意打ちばかり、得意で困る」


ぼそぼそと彼が呟く言葉は聞き取れない。でも、握り返された手に幸せを感じてしまった。
ああ、もう、なんでこんなやつが、愛おしいんだろう。


120714



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