決意表明


刈屋家に将来有望な子供が生まれた。

噂は物心ついた頃から静司の周囲で交わされていた。感覚の非常に鋭く、敏感な子であるという。
刈屋家は的場一門に古くからある祓い人の家系だが、ここ何代かは"見えない″者ばかりで弱体化を辿っていた家のひとつであった。
その刈屋家で、神童が生まれたというのは彼らにとって一族復興の兆しとなる朗報に違いない。件の子供の"妖を見る目"は的場家の跡継ぎと目される静司よりも、遥かに優れているというのだから。


「静司、刈屋夢子だ。祓い人になる為、今日からこの的場家で君と一緒に修行をしてもらう」


引き合わされたのは、まだ互いに小学校にも上がらない頃。この時、静司はがっかりした。噂の彼女は普通の、頼りなげな女の子だった。


*


「的場静司くん、だよね。ずっと楽しみだったの。私と同じくらいの子がいるって聞いてたから」


邸内を案内してあげなさい、と体よく追い払われ、静司は夢子と廊下を歩いていた。さっきまでは頑なに口を開こうとしなかった夢子は、二人きりになると饒舌になった。緊張していたらしい。


「ねぇ、静司くんは何才なの」

「四才」

「じゃあ私の方がひとつ、お姉さんね!お姉ちゃんって呼んでもいいよ」


無邪気に、にこにこと笑う夢子にうんざりする。今まで女の子は疎か、同じ年頃の子と接したことすら殆どない。的場邸には、多くの大人と妖が出入りする。静司の相手は、もっぱらそれらだった。


「あの、あのね、」


けれども、夢子は静司の素っ気ない態度にも怯まず、話し掛け続ける。後ろからちょこちょこついてくる姿は、静司の方が小さいのに、年下みたいだ。

(うるさいと、一喝しようか)

チラリと思ったその時、静司に続いて角を曲がった夢子は不意に口を噤んだ。


「あ・・・・・・」


シャツの裾を掴まれる。訝しんで振り向き、静司は目を丸くした。
夢子の顔は真っ青だ。怯えたようにぎゅ、と胸元で片手を握り締め、前を見ている。彼女の視線を追う。その先には、小さな妖。


「・・・あれは、うちの式だ。でも小物だから役たたずで、害はない」


夢子は、静司の言葉にびっくりしたように、けれども小声で聞き返した。


「せ、静司くん、も、み、見えるの・・・?」

「? もちろん」


見開いた瞳に涙を湛えたまま、夢子は顔を歪める。
依然として視線をそれから逸らさない彼女に、静司は妖に下がるよう命じた。次期当主である静司は、すでに小物の式相手であれば優位に立てるようになっていた。夢子はそれを見、式が去るとようやく息を吐く。そしてたどたどしく、呟いた。


「お母さんもお父さんも・・・見えないから・・・。みんな怖がるから・・・気づいちゃいけないの。変な子って言われるから・・・」


今度は、静司が黙る番であった。
刈屋家が弱体していることは聞いていたが、その程度は知らない。そして、的場家に生まれた彼には、妖が見えることで負い目を感じなければならないというのが、理解できない。


「静司くんは凄いんだね。あんな風に、追っ払えてしまえて、いいなぁ」


固まる静司に気づかない夢子は、嬉しそうに笑う。けれども、その瞳からはぽろぽろと滴が落ちた。

夢子は妖が怖いのだ。妖と関わりたいと思っていないのだ。・・・でも彼女は知らない。ここに連れて来られた理由が、祓い人としてそれらと対峙する為であると。


「見えることは、変なんかじゃない。ここでは、見えない方が劣っているんだ」


静司は夢子の手を握る。頼りない年上の女の子。静司のいずれ部下になる、後輩。祓い人として誰よりも向いていない、なのに誰よりもその素質を持った彼女。


「怖がる必要ないよ。夢子お姉ちゃんは、僕が守る」



120615



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