陥落する


男に力ずくで床に押し倒され、覆い被さられたこの状態では、恐怖を感じることの方が正常なのかもしれない。しかし私は、どこかそれを他人事のように感じている。
悲痛な色を湛えた静司の瞳を見ているうちに、的場当主でない頃の彼を、前にしているような気がしていた。

――いつも、貴女は逃げる

静司の言葉が針のように私の心に刺さっていた。無意識のうちにも、避けていたのだろうか。自覚はないとはいえ、事実、私は静司に会うことに躊躇いがあった。この地へ戻ってくる時も、彼との遭遇を一番気にしていたのだ。
逃げ、と捉えられても仕方がない。自分でも感じている。私は逃げてばかりだ。妖から逃げ、一門から逃げ、学会からも逃げ出して、今ここにいる。卑怯なのである。


「私は、的場一門の考え方にはついていけない」


それでも、今までの人生は変えようがない。同じように、自分の性質も変えられはしない。


「妖を狩るのが、嫌になった。・・・可哀想だとか甘い考えじゃないよ。でも辛い。耐えれない」


一門抜けをしたあの日。私は七瀬に同じ言葉を叩きつけて、屋敷を去った。静司には会わずに。だから、面と向かって告げるのは初めてだったかもしれない。
この言葉は、攻撃だ。私と静司の価値観の相違を露わにし、切り裂く為の。


「静司くんとはもう、歩む道が違う。だから一緒にいられない。私たちの思考はこれから先ずっと、交わることはない。無理して一緒になっても、苦しいだけだよ」

「そんな理由で、私が納得し、諦めるとでも?」


私の渾身の一撃。彼との関係を断ち切る、唯一にして必勝の技・・・の筈が、軽く受け流される。動揺した私は、自分の放った技の矛先がこちらに向けられたことに、気づかない。


「夢子が妖狩りに嫌気を感じていたことには、気づいていた。貴女は妖に怯えている・・・ずっと、最初から」

「え・・・?」

「私たちの思考が変わらない?当然です。私と貴女は違う人間なのだから。でも、相性は良い」


見上げた静司の瞳から、先ほどまでの激情が消えている。冷ややかにさえ感じる視線は、すぅ、と目を細められたことで一層鋭く感じた。


「人は自分に足りないものを求めるという。私に足りないものを貴女が、貴女に足りないものを私がもっている。惹かれ合うのは当然だ」

「・・・・・・・・・」

「一緒になっても苦しいだけ、など笑わせる。夢子が居れば、私は更なる高みへ登れる。苦しい筈がない。貴女にとってもメリットはあるでしょう、的場の力で守ってやれるのだから」


驚きを通り越して、呆れてしまいそう。静司は、完全なる利害関係で私を縛り付けようとしているのか。それは、詭弁だ。たとえその通りだとしても、心がついていかない。
言い返そうとして、でも彼の表情に口を閉ざす。怖いくらいに、真剣だった。


「納得しましたか?こんな理由付けは下らない、でも貴女がそれで手に入るなら安いものだ。いくらでも続けますよ」

「静司く・・・」

「私は夢子が欲しい。本当の理由なんてただ、それだけだ」


逃げられない。逃がしてくれない。何よりも、私は、捕らわれてしまいたいと思っている。


「いい加減、私のものになりなさい」


振り払うことなんてできなくて、そのまま、重ねられた唇を享受した。苦いだけのこの関係に、癖になる甘さを見出しながら。


120609



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