独白


逃げるように的場邸を後にした私は、帰宅してすぐ慌てて手紙を引っ張り出す。あの日、引っ越しの日にやってきた静司が置いていった封筒である。
適当に文庫本に挟んであったそれの封を、破るようにして開ける。


「…やられた」


目を通して頭を抱えた。


手紙の内容は、簡潔なものだった。的場家から刈屋家へ正式な申し出があった、刈屋は二つ返事でそれを受けたという報告だけ。私を静司の嫁に出す。既に決定済みの事実に、頭が痛い。

強引な婚姻自体には別段驚きはなかった。私たちのような家業をしていると、よくあり得る話なのだ。
刈屋家としては、かなり嬉しい話だった筈。あれだけ手を尽くして育てた跡取りが一門から抜け、勘当状態だったのだ。的場へ申し訳なさもあっただろう。それを、嫁として的場本家は受け入れてくれるのである。嫁ならば、本人に祓い人としての自覚がなくても構わない。弱体化する刈屋家も、一門の中で一歩上へ立てる。


いつかは強引に婚姻を押し付けられると、予感はしていた。恋愛結婚は、とうの昔に諦めた。

(でも、いくらなんでもこれは、ない)

問題は、相手が静司であることだ。それ以外ならまだ考えようがあった。でも私は、静司とだけは結婚したくないのだ。


拒絶しようと思えば、不可能ではない。二度とこの地へ帰ってこないと決めれば、私は自由を手に入れられる。今度こそ本当に家族と縁を切り、一門からも破門されれば。

(二度と……静司くんとも連絡を取らなければ)

ズキリ、と胸が疼く。そしてそのことに酷く狼狽した。

(どうしてこんなに、痛むの)

腹立たしくさえある。私はこんなも自覚している。的場静司に惹かれていると。

…そもそも、どうして私はここへ戻ってきたのか。あのまま、隠遁してしまえば今度の話も知らないままだったのに。静司に再会することもなく、別々の道を歩む人生があっただろうに。

(静司くんと一緒になっても、幸せにはなれないのに)

綺麗な感情ではない。今更、初恋などではないし、そんな甘ずっぱい夢見るような柔らかなものは持ち合わせていない。恋心だけで、危険は犯せない。

かつては、静司より優しくて、大切にしてくれる人も居た。普通で取り柄のほとんどない、私を幸せにしてくれる人が。
対して、静司との結婚は自分の幸せとイコールでないと確信している。きっと、私は不幸になる。

(余りにも、私と彼は違いすぎる)

価値観の相違。妖に対する思い方ひとつでも浮き彫りになってしまうことだ。それが一門抜けの原因でもある。なのに、彼を振り切れない。
いつか聞いた、彼の言葉が脳裏に蘇った。


――貴女はどうせ、的場に帰ってくる

「嫌だ、そんなの信じない」

――逃がしませんよ、姉さん

「今更、迷惑なのに」


私も馬鹿ではない。静司が私を好いていることには気づいている。けれど、彼は私に、封筒を開けろとはいわなかった。無理やり捕らえたりしないと約束した。その理由は容易に想像がついて、嫌な汗が背中を伝う。

静司は、ただ確信している。そして、待っているのだ。

私が、刈屋夢子が自ら墜ちるその時を。


120529



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