家庭教師 学校帰りに本屋に寄ろうと、三人は連れ立って町へと足を伸ばすことになった。 「モフモフ〜っ」 若干興奮気味の多軌の腕の中には、嫌そうな顔のニャンコ先生ががっしりと抱え込まれている。隣の夏目とその向こうに歩く田沼は、幸せそうな多軌の表情に笑い声を立てた。 「そういえば、来週は数学の小テストだよな。田沼はもう勉強してるか?」 「いや、おれはまだだ。多軌、数学苦手だったけど、危ないんじゃないか」 「私はね―――あっ」 不意に多軌は前方へ向け、目を輝かせる。そのまま、片手を挙げて走り出した。 「夢子先生!」 その隙に逃げ出したニャンコ先生がひらりと夏目の肩へ着地する。そして多軌が駆け寄った人物をじろりと見やった。 「透ちゃん、学校帰りかな。おかえり」 「はい、ただいま!町で会うなんて、珍しいですね!」 多軌は先生と呼んだその女性と、知り合いなようだ。二十代前半だろう。彼女は、シャツにパンツ姿というラフな格好だ。 「珍しく、この辺に用があったの。お友達?」 眼鏡を押し上げ、女性は夏目と田沼に目を向ける。にこりと笑みを浮かべたその人はとても気さくそうに見え、二人も軽く会釈をした。 「夏目くんと田沼くんです。…えっとこの人は、私の家庭教師の先生なの」 「えっ多軌、家庭教師だったのか」 「ちょっと前からね。だから、数学も大丈夫!」 ガッツポーズをとる多軌に田沼は苦笑した。女性は軽く多軌の肩に手を置くと、冗談混じりに名乗る。 「刈屋夢子です。透ちゃんがいつもお世話になっています、良かったら数学、見てあげてね」 「もう先生ったら〜」 二人は良好な関係らしく、教師と生徒というよりも姉妹のようだ。多軌がこんなにはしゃぐ姿は珍しいかもしれないと、夏目はぼんやり思う。 と、彼女はこちらへ一歩近づいた。 「…可愛い猫ちゃんね」 視線の先には、ニャンコ先生。彼女は手を伸ばしかけ、しかし途中で止めると軽く手を振った。 「それじゃあ、透ちゃん。また水曜日」 一瞬、それはどこか不自然な行動に見えた。けれど、どこが不自然か説明はできない。ただ、少し引っかかったのだ。首を捻りながら夏目は、颯爽と歩いてしまった彼女を見送る。そして、あることに気が付いた。 「ニャンコ先生?」 腕の中の猫が、微動だにせず女性の後ろ姿を凝視していたのである。 「あの女――何者だ」 ニャンコ先生は、驚きと怯えの混じったような表情で呟く。そこに、いつものような気の抜けた様子はない。彼は、本来の姿を彷彿とさせるような、ピリッとした空気を纏って。 「的場って奴と、同じ匂いがした」 120319 主人公組と遭遇 |