受験生と将臣


この時期の三年生は皆、口にする話題は同じものばかり。


「進路決まった?」


決まり文句。顔を合わせれば、そう聞いてしまう。それは、自分の不安をごまかすため。相手も自分と同じように宙ぶらりんなのだからと、安心するため。けれど私には、彼の返答は意外だった。


「いや、まだだな」


振り返った有川将臣は、肩をすくめて苦笑する。彼は三年生になってから、随分大人びた表情を浮かべるようになった。何かを諦めたような、物事の限界を知ったような、そんな顔。


「そうなの?あまり焦ったように見えないから、もう決まったのかと思った」

「決まらねぇよ。進学は、すると思うけど」


有川は、頭を掻いて「どうせお前もそうなんだろ?」と尋ねてくる。全くもってその通りなので素直に頷くと、突然、有川はそういえば、と声を上げた。


「お前、日本史も古典も得意だよな」

「まぁね。人並みには」

「んじゃあ小松内府ってわかるか?」


有川の問いに、面食らって一瞬言葉に詰まる。けれど、幸いその名前には聞き覚えがあった。


「平重盛でしょ。源平期の、清盛の息子」

「へぇ…すげぇな、わかるんだ」

「歴史、好きだからね。平家物語も結構好き」


それよりも有川が、そんなマイナーな人物を知っていたことの方が意外だった。すると、微妙な笑みを浮かべた有川が更に問いを重ねる。


「お前、重盛が長く生きてたら…頼朝に負けなかったと思うか?」

「随分、唐突だね。でもどうだろう…、確かに平家にとって重盛が生きてたら心強かったかもしれないけれど……私は、きっと勝てなかったと思うな。時代の流れの上で、平家が負けたのは仕方のないことだったと思う」


有川があまりにも真剣に聞くから、私も真剣に答える。有川は私の答えをじっと聞き、そして息を吐いた。


「そっか…ありがとな」


ぽんぽんと頭を撫でられて、首を傾げる。何がどうしたのかわからないが、有川に「どうしてそんなこと聞いたの」とは尋ねられなかった。きっと、触れてはいけない部分だ。


「お互い受験終わったらさ、どっか祝いで飯でも食いにいこうぜ」

「終わったらじゃなくて受かったらでしょ。有川と違って私、ギリギリなんだから」

「大丈夫だと思うぜ。私立文系ならな」

「どうせ理系は壊滅的ですよ…!」


平重盛の話題などなかったかのように、有川と私は冗談を飛ばし合う。この先、進路のことはわからない。でも、また有川とふざけ合えるような未来のために、この受験は乗り越えなければならないものだと不意に、思った。
きっと彼は、私なんかとは比べものにならない経験を乗り越えてきたのだと思うから。有川は、そんな顔をしていた。


111126
受験生がんばれ!



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