風邪と千景 「…油断、しましたわ」 じとりと、攻めるような視線に観念して白状した。 鬼は身体が強い。風邪をひくことなど、滅多にないことである。けれどこの頃天候が落ち着かなかったせいか、私は体調を崩してしまったのである。 そして、夫である千景はそのことにいたくご立腹なのだった。 「お前は…お前の身体は最早、お前だけのものではない。気をつけろ」 「わかってます。風間家に嫁いだんですもの、この身体が後継ぎを産むためにあるだなんて言われなくても、」 「そんなこと言ってないだろう。ちゃんと話を聞け」 私の話を遮って、彼は眉間に皺をよせながら言い放つ。 「お前は、俺の妻だ。お前の身も心も俺のものだ。後継ぎなどこの際どうでもいい。お前の身体がまず大切だと言っている」 呆気にとられたのは私。なんだかいつもの彼と、違う。その理由に思い至って、私は可笑しくて、つい笑ってしまう。 「ふふ、あなた動揺してるのね」 「してない」 「してます。常々と、言っていることが違うもの」 指摘すれば、不機嫌そうに口を閉ざす。仕方のない人だ。きっと病人なんてあんまり見たことがないのだろうし、高熱を出して倒れた私に驚いたのだろう。 そんな風に驚かせたことは申し訳なく思う。でも、心配してくれるということが、どうしようもなく嬉しい。 「簡単に死んだりしません。心配しないでください」 「……」 「千景?」 「早く治せ。馬鹿者が」 瞼に落ちた唇。私は幸せに浸りながら、大人しく目を瞑った。 111016〜 |