的場とホワイトデー


「まさか、静司くんがホワイトデー覚えていたとは…」


差し出された小箱を前に、つい本音が出た。
カレンダーは今日が三月の十四日であることを示している。今朝私は、もう三月も半ばなんだなぁ、そろそろ気温も春めいてきたなぁと思った。それだけである。世間では甘ったるい先月の行事の続きが行われていることなど、すっかり忘れていた。
忘れて、いつものように的場邸へきたところに、これだ。


「先月、わざわざ手作りの菓子を手渡しに来たのは貴女の方でしょう」

「まあ…そうだけども…」

「てっきり、お返しをねだられると思っていたんですが、はりきっていたのは私だけのようだ」


拗ねたように言われて、慌てる。いくらなんでも、ちゃんとホワイトデーのプレゼントを用意してくれていた出来た婚約者に対しての態度として、私のそれはあまりにもまずかった。仮にも好いた男である。取りなすようにして、私は受け取った小箱を握りしめ、笑った。


「嬉しい…嬉しいんだ本当に…でも静司くん、これ、とっても有名なお菓子屋さんの箱でしょ…?並ばないと買えないって有名の、もしかしてわざわざ並んでくれたのかなって、で、そうすると私が先月上げたものとは比較にならないくらい高価で手間のかかるお返しだなって…気遅れしてるっていうか…」


そもそも、先月もバレンタインデーというものを意識してつくったわけではなかった。ただふと思いついてお菓子作りをしたから、プレゼントしたというだけだった。
言い訳の言葉はだんだん小さくなる。申し訳ない。静司くんがイベントごとを大事にする人だって気付いていればもっとちゃんとしたのに。というか、イベントごとを大事にするタイプではなかったと思ったのに、どうしてこんな時に限って。


「いいんですよ、これくらい」


俯いた私の顔を、静司くんは無理やり上げさせた。そして含み笑いと共に、なにやら艶やかな囁きをいただいたのだった。


「この代償に、貴女の全てを頂けるなら安いものです。ねえ、姉さん?」



140316



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