其のニ


夢の屋こと福地桜智は、ゆきの八葉である。
彼はゆきに対して首ったけで、デレデレで、どこか挙動不審で、恥ずかしいのか何なのかそっと後方の壁から顔をのぞかせているような…そう、一歩間違えばストーカーまがいな男だ。いや、もう間違いなくストーカーと言っていいだろうと都は思っている。

ゆきは鈍感なのか心が広いのか、福地のことを優しいだの親切だの言っているが、都はあまり福地を好きではない。

(しかも派手な美丈夫で、得体も知れないくせに女に騒ぎたてられて、なのにそれに一切気づいてねぇし)

ゆき以外に対する福地の態度はそれはもう、ひどいものだ。常にぼんやりとしていて、ゆき以外には何の興味も示そうとしない。それで情報屋なんて勤まっていることが不思議なくらいだ。夢の屋の書く瓦版を読むと、別人としか思えない。

都は、ゆきの従姉妹で黒龍の神子だが、それ以前にゆきを守る騎士でもあった。だから、あまりにわかりやすくゆきへ好意を向ける福地を、苦々しく思っている。

(…で、その福地に並び称される"ブンキ"とやらは、福地と同じ変態か、それとも真逆の真面目くんか)

どちらにせよ"文鬼"とやらも龍神の神子に、興味を持っているのだろう。ゆきが現れる以前に、神子の伝承について熱く語るくらいなのだ。また、ゆきに悪い虫がくっつくのかと思うとうんざりした。


「…文鬼に、会いたいのかい…?」


しかし、情報を得るためにはそうもいっていられない。仕方なく福地を問いただすと、彼は不思議そうに首を傾げた。


「福地、その文鬼ってやつと知り合いなんだろ。どこにいるのかわかんないのか?」

「桜智さん、わからないかな?」


ゆきがじっと福地を見つめれば、福地はわかりやすく頬を赤く染め、しどろもどろになる。


「ゆ、ゆゆ…ゆきちゃんの為なら喜んで…探すよ…!」


恍惚の表情を浮かべる彼に、ゆきは嬉しげに微笑む。ああ、天使の笑みをあんなやつに…もったいない。都は顔を顰めた。


「でも…あれはかなり、気紛れだからね。住処も各地に沢山あって、ひとところに留まっていないんだ」

「まるでお前みたいだな」

「でも…もしかしたら、今は京にいるかもしれないよ。町へ出てみようか…」



――そのような経緯で、一行は町へ繰り出したのだが…。



「で、福地のヤローはどこいったんだよ」


町に出て数分もしないうちに姿を消した福地に、都が悪態をつく。
と、少し歩いたところで不意にゆきが足を止めた。気付かずに半歩先を進んだ都は、首を傾げて従姉妹を振り返る。


「ゆき? どうかした?」


都が繋いだ手を引いて問いかけると、ゆきは道の向かい側に目を向けている。


「うん、あのね。あっちの方が賑やかだなあって。桜智さんかな?」

「本当だ。あいつ、また女に捕まってたのかよ」


福地は外見は果てしなく良いので、道を歩けば女性に囲まれる。彼専属の追っかけもいるようだ。向かい側の騒ぎにも女性が多いようだし、福地が原因のように思えた。


「でも桜智さんはさっきあっちの方に…、あれ、お鶴さんもいる」


お鶴というのは福地の追っかけの女性。ゆきに促されて都もそちらを向けば、お鶴は集団の中央に向かってうっとりとした表情を浮かべていた。
しかし、見ているうちにどうやら福地が騒ぎ立てられていのではないようだと分かった。集団の中に、ちらほら見慣れぬ顔、そして男性までもが混じっている。それに、「夢の屋」の名が聞こえない。


「福地、ファンに愛想尽かされたんじゃねーの?」


都が呟いたその時、ちらりと集団の中心が見えた。
中央に居たのは、なんと女だった。つややかな黒髪を後ろで束ねている。少し派手だが上品な着物。背は高め。そしてその横顔は、驚く程整っていた。


「うわ〜すっごい美女!」

「うん、綺麗な人ね…。桜智さんの女性版みたい」


ゆきもうっとりと彼女を見つめる。
なるほど、ゆきの言うように、彼女は桜智を女性にしたらこのようだろうという雰囲気を持っていた。けれど、慣れているのだろう。周りの人々の言葉に応え、時たま笑む彼女は桜智と違い、役者である。






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