其の四


今朝、一番最初にかけられた言葉が脳裏に過ぎる。戯れにしては質の悪い「嫁ぐ気はない?」というふざけた文言。あの時、ついかっとなって手を出しかけてやめたことを少し後悔した。やはりあの時、ひっぱたいておけば良かっただろうか。そうすれば、こんなに神妙に、こんなに阿呆な提案されなかっただろうかと。


「私に、貴方の妻になれというのですか?」

「いや、そこまでは求めていないよ。カオル殿はそう簡単に娶られてくれるような女性じゃなさそうだしね」


私の呆れた態度が伝わったらしい。けれども、対して彼は楽しむように微笑んでみせる。


「頼んでいるのは、あくまで仕事上での付き合いだ。私に少し間雇われてくれないだろうかという提案にすぎない」


そこで、小松殿の隣に腰掛けたゆきちゃんが、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい……私がカオルさんのこと、お話したんです。ちょっとしたお話の中で、協力してくれている女性がいるという話になって」

「元々、織部文鬼には興味を持っていたんだよ。これは事実。京で名の上がっている文士殿はどんな人なのだろうかとね。それが女性だと聞いて驚いた。そしてかの織部文鬼ならば今回の仕事にぴったりではないかと思ってね」


薩摩の御家老にまで名が知れていることには、喜ぶべきだろうか。自分の書いたものが身分関係なく読まれ、そして評価を受けていることは有り難いと思う。だが、こうして厄介な頼まれごとをしてしまうとなれば、考え物かもしれない。

――どうしようか。正直、判断に困った。

神子のため、八葉のためと思うとこの件は引き受けるべきだろう。私が協力できる数少ないことであることも確か。小松殿が言うように、彼が求めている仕事は私にならば可能だろう。他に同じようなことができる女性は、居たとしても多くはないだろうし、また見つけるのも難しいと思う。その点私は、はじめから神子や八葉に理解がある。願ってもない相手というわけだ。

だが、今回の話を受けるとすると、一時とはいえ私個人がかなり薩摩寄りに属することになってしまうのだ。文鬼としても個人としてもできれば中立の立場を貫きたい身としては、この手の申し出は遠慮願いたい。それに、この後の世の流れ次第で薩摩の立ち場は大きく変わっていく。一時でも薩摩に属してしまえば、私の今後に支障が出るとも限らない。それを覚悟で、そこまで彼の為に働く理由に、心当たりがない。

どちらにせよ、決め手に欠けた。返事をしない私に、小松殿は息を吐いた。


「良い返事がもらえると思っていたんだけれど。君と福地は幼なじみで親しいと聞いていたからね。今回の神子殿の苦労は彼の所業の末という部分もあるからね。君としても、神子殿には極力協力するのではないかと思ったんだけれど」

「所業……桜智が、どうかしたんです?」

「おや、君は何も知らないんだね」


眼鏡の奥の瞳が笑う。その視線は冷たく、まるで私の無知を責めるかのようだった。
その事に、少し苛立ちを覚えた。


160516



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