其の三


ゆきちゃんと実際に会うのは、久々だった。禁門の変の頃以来である。あれからもう、一年と少し経つ。

この頃私は、京の拠点を中心にしながらも、諸国へも足を延ばしていた。世間が騒がしい。禁門の変が起きたすぐ後に、幕府による長州征討が行われた。その後の外国船による下関砲撃も記憶に新しい。小さな事件は数えたらきりがないが、日の本全体を俯瞰すると、ここ一年は長州関連の動きが大きかったように思う。私はその様子を聞きに足を延ばしたり、また他の藩の動向を探るためにも数カ所の拠点を渡り歩くようにしていたのだ。

私がそんなことをしている間、ゆきちゃんの身には様々な出来事が降りかかっていたらしい。
一度、桜智から手紙をもらった。その時の情報で、ゆきちゃんとその仲間たちが一番大変な時期の長州に居たことは知っている。


「――と、いうわけで今この京に戻ってきたんです。それで、小松さんには先程八葉になってもらって……」


ゆきちゃんの近況を聞きながら、私は胸が潰れる思いだった。厳しい現状は神子である彼女にだからこそ、与えられる試練だ。彼女にしかできない事なのだ。でもこうして話に聞くと、どれほどのものをこの華奢な肩が背負っているのかと苦しくなる。

協力すると申し出たとはいえ、私ができるのは精々情報提供程度。最前線で戦わなければならない彼女の盾にもなれはしない。そして、私が離れていた間にも彼女は戦っていた。私はこうして後から彼女の戦いに思いを馳せるしかない。それを歯がゆく思う。
こうしてゆきちゃんが頼ってきてくれただけでも、有り難いと思うべきだろう。彼女は非力な私の力を、必要としてくれているのだ。その内容が、どうであれ。


閑話休題。
今回の要点は、八葉の話だった。新たな龍神が生じた。八葉が選出され、今は神子が協力を仰いでいる状況らしい。
小松殿は、天の白虎なのだという。ちなみに地の白虎である桜智の対にあたる。


「彼女の申し出は受けることにした。でも、どうにも忙しくてね。神子殿に協力したいのは山々だが、そちらに構ってばかりいると、藩の仕事が滞る」


ちらりとゆきちゃんの表情を伺う。彼女は小松殿の言葉に、顔色を暗くした。彼は八葉としての任を受けるとは言うものの、実状はあまり乗り気じゃないようだ。ゆきちゃんの八葉集めは前途多難らしい。


「両立は難しい。でも、だからといって八葉として選ばれた以上、立場をないがしろにはできないのだろう? そう神子殿には聞いているのだけれど」

「そうですね。八葉には八葉にしか持ち得ない力がありますから。神子と共にあるべきではないかと思います」

「だが私には立場がある。私がどんなに重い責任を負っているか、世間の実状を的確に見通す現の織部と呼ばれる君なら察しがつくだろう、カオルくん」

「……具体的には把握はしていませんが、心中はお察しします」


つまり、小松殿は協力したいのは山々だが現実的に無理だと訴えているのだ。無難な返答をする私に、彼は尚も続けた。でもその口ぶりは、困っているという風ではなく、どこか芝居がかっても見える。恐らく、何か企んでいる。


「これでも、私は考えたんだよ。どうにか上手くいく方法はないのかと。それで、思いついたんだよね。私の八葉としての仕事と、藩の家老としての仕事。この二つを繋いでくれるような専属の者が居たら、きっとかなり負担は軽減される」

「ええと、小松さんの秘書のようなもの、ってことですね」

「ああ、先日ゆきくんが言っていたものだね。君の世界で、上に立つ代表者の補佐をするとかいう役職だったかな」


ゆきちゃんの言葉に、小松殿は頷く。つまり小松殿は「秘書」と呼ばれるような者を自分用に配置したいのだという。


「元々、有能な部下が欲しいとは思っていた。でも八葉絡みともなると、藩の部下に任せるにはあまりにも私的な部分が多くなる。それに、どうせ世話してくれるなら女性にしたらどうかと、この頃西郷がうるさい。つまりは妻を娶れとせっつかれているのだけれど」

「……はあ。そのようにしたら、よろしいのではないでしょうか」

「君、家老の秘書なんてものが勤まる女性が簡単に見つかると思っているの?」


適当に返した言葉に、小馬鹿にしたように彼はため息を吐く。そんなことを言われても、では何と返せば良いというのだろう。

だが、西郷殿の言うことは尤もだ。今小松殿が求めているのはきっと、公私共に小松殿を支えてくれる伴侶なのだろう。家のことを任せられるのはもちろん、もしその者が仕事面でも支えてくれたら文句なしである。とはいえ、その考えは少々奇抜だ。残念ながら、現在のこの国において女性の政治的な関与はほぼ認められていない。それを分かっているだろう小松殿が、そんな事を言い出したのは、目的に向かって少女ながら死力を尽くす、神子の影響なのかもしれない。

――ここまでの話は理解できた。だが未だに、彼が協力を要請した内容は出てこない。嫌な予感がしつつも、その先を促した。


「それで、私に何をしろと言うんです」

「察しが悪いね。それとも、あえて明言を避けているのかな」

「……」


小松殿は、私をじっと見つめる。眼鏡の奥の瞳が鋭く、私を射抜く。そして、とても厄介な要求を打ち出したのだった。


「つまり、西郷が妻にやらせよといったこの業務を、君に請け負って欲しいんだ」






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