其の三


桜智との出会いには、切っ掛けと呼べるほど劇的な何かがあったわけではない。どちらかというと私が、劇的な何かを期待して接近したのである。


長崎へ越してきた頃、すぐにその噂を耳にした。雑多入り乱れるこの街には、真偽不明の眉唾話がそこかしこに転がっていた。そしてそれも例に漏れず、その類の話だった。

――近くに住む、鬼子と呼ばれる男の子。彼は本当に鬼の血を継いでいる、と。

始めは、興味本位だったのだ。母の語る寝物語に出てくる”鬼”という存在が、実在する。しかもそれが、自分と同じ年頃の子供だという。一体どんな子なのだろう、やはり異能を携えているのだろうか。鬼は隠れ里に住んでいて、滅多に姿を現さないというから、まさか手の届く位置にいるなんて考えたこともなかった。どうにかして会えないだろうかと、思うようになったのは自然な流れだった。

自慢ではないが、私はその頃から調べ物は得意としていた。だから、探し始めてその噂の真実に辿り着くまでそう時間はかからなかったのである。

結果。噂は、真実だった。彼は人目をはばかるようにして生きていた。
――そして私は、目を奪われてしまったのだ。
人々に迫害され、追われて傷つくその少年。彼の儚げな立ち振る舞い、憂いに満ちたその表情に、一瞬で魅了されたのである。






「庇ってあげられなくてごめんね」


桜智の傷の手当てをしながら、呟く。背中の痣が痛々しい。石でも投げられたのだろう、打撲が目立つ。
彼が鬼であることはそう広くは知れ渡っていない。幸い長崎は、比較的外国人の多い地だ。鬼の外見は西洋人に良く似ているから、上手く隠れることもできる。ただ――勘付きやすい人はいるのだ。また、桜智自身止むなくその鬼の力を使うこともあった。だから時折気付かれて、子供の桜智は逃げ切れず、怪我を負う。
昔から鬼は厄を呼ぶと言われてきた。何かが上手くいかないと、全て鬼へ責任を押し付ける。鬼は悪だから…そう思うことは当然とされてきたのだ。桜智が何かしたかどうかは関係ない。彼が鬼であるという事実で十分迫害対象になるのである。

(間違っている。鬼は全て、悪いわけではない)

ましてや、ただ傷つけられ耐えている桜智が悪い鬼だとは、私はどうしても思えなかった。
だから声を掛けた。傷を手当させてくれと頼み込んだ。初めは訝しがられたのだ。でも何度も続けているうちに次第に彼は、私に身を任せてくれるようになったのだった。






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