其の六 恐らく、史料を長期保存する目的であろう桐の箱。掛けられた紐を解く。ぴったりと閉じられた蓋を持ち上げる。 「私がゆきちゃんに見せたかったのも、これ。今までに私は桜智にしか見せたことはない。私の母の家系で、女系に代々受け継がれてきたものなの」 中からは数冊に分けて綴じられた、和本が出てきた。その表には、たどたどしい文字でタイトルらしきものが書いてある。 「月灯記?」 「そう。私の祖先が書いた、およそ七百年前の龍神の神子の記録。正真正銘、この世に唯一の神子軍記よ」 息をのんだのは誰だったか。 カオルの話を聞いていた面々は、三者三様の表情を浮かべていた。散々、神子については不明とされていたところに、降って湧いた超有力史料だ。 「どうして、そんなものを?」 「言い伝えによるとね、私の祖先は八葉でないながらも神子に同行していたみたい。それで軍記を書く事を許されて、秘伝の書としたらしいの」 「神子軍記というからには、神子の軌跡を書いたものなのかい」 「ええ・・・でもかなり昔のものだから、全てが読み取れるものではない。厳重に保存はしていたけれど、欠けてしまった部分もある。それに筆者があえて曖昧な方言をしている箇所も多々、ね」 龍馬も、感心したようにゆきの手元を覗き込んだ。 「ところで桜智から聞いたのだけれど、この世界はゆきちゃんたちの世界の、過去に似ているんですって?」 「はい、そうです」 「面白い記述があるの。ここよ、神子の居た世界についてのこと」 示されたところに目を通し、ゆきは思わず驚きの声をあげる。ちらほらと、見覚えのある単語が見えたからだった。 「そこにあるような、帯刀を禁止された平和な世。鉄の塊が空を飛ぶ、なんていう想像もできない時代がくるのかしら」 飛行機、携帯電話、学校、授業、クラスメート。 欄外に申し訳程度に書かれたメモ。文字も、むこうの世界の活字体だ。 「黒船を見て、確信した。この軍記は創作なんかじゃない。神子は本当に、異なる世界からやってくる救世主なんだって」 ――だから、貴女を待っていたの。 カオルの熱い視線に、ゆきは口元を引き締めた。 120802 |