異変はすぐに訪れた。
屋島の浜辺に大勢の怨霊が集まってきているという情報が、浮上したのである。

景時さんは一時撤退を主張した。不測の事態に鎌倉殿の指示を仰ごうというのだろう。軍奉行として無難な選択だ。
しかし、弁慶さんはこれに反論した。怨霊は平家の死者だけではなく、無念のまま死した者すべてが組み込まれているというのだ。つまり、彼らはこれからどんどん増殖していくと。
それよりも、追い詰められているだろう平家を叩く方が、近道であるという。


「攻めるって言ってもさ、増えた怨霊をどうにかする策でもあるのかい」


景時さんは納得できないという表情を隠さずに、言う。私も弁慶さんに促されて口を開いた。


「…情報通りに本当に敵が増えているとしたら、船で渡ってきた源氏の軍勢だけでは確実に苦しいです」

「だったら、撤退した方がいいんじゃないかな〜。体制を整えることも必要だよ」

「景時の気持ちもわかります。だからこそ、途中の陣は無視して行宮に迫り、決着を付ける他に手はないでしょう」


これ以上の犠牲を出さない為にも、と言外に告げた弁慶さんに一同は口を閉ざす。
兵たちも次第に疲弊してきている。早く決着をつけられるならそれに越したことはない。だが、強行進軍すれば犠牲も必ず出るのだ。今が千載一遇のチャンスか否か、この選択で結果は変わるのだ。


「安徳帝がおわす行宮へ、一気に攻め込めるかどうか…やるしかないな」


最終的に、九郎さんは弁慶さんの案を採用した。
苦戦であろうと、今更引き返せないと決断したのである。行宮の安徳帝の身柄を押さえれば、平家も幸福するはず。それが戦を終える一番の近道だと、この戦に賭けるつもりで、九郎さんは進軍を選んだのだった。



だが、違和は消えることなく源氏軍にさらなる困惑をもたらすこととなる。


「ここが平家の砦か?ずいぶんと、守りが薄いぞ」

「好機ですよ。一気に突破しましょう」


疑問を抱きながらも、そのまま総門を突破する。いくら弱っているとはいえ、平家の守りがここまで簡単に崩せるとは、誰も予想しないことだった。しかもここは、行宮を守る要だ。


「…ん〜、なんか引っかかるな。この程度の砦で、行宮を守ろうとしてたのかな〜?」

「この地は、平忠度殿が管理されていたはず…」

「平忠度殿がいないのも奇妙ですね」


口々に疑問を上げながらも、いまいち要領を得ない。どこかおかしい。思いながらも、まるで原因はわからない。


「しかし、行宮への道が開けたんだ。ここで躊躇していられるか!?」

「…わかりました。本体はこのまま行宮を目指しましょう。総門には護衛として僕の部隊を残します。あかり」

「はい、指示してきます」


私はすぐに頷きその場を離れる。
一瞬、弁慶さんと目が合った。暗い瞳。そこに浮かぶ色。私にはわかる、私にだけはわかる、弁慶さんの思惑を、受け止める。



――そして来てしまった。安徳帝のおわす行宮、平家の要、雪見御所だ。





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