『平家物語』には、いくつか有名なシーンがある。その筆頭として挙げられるのは間違いなく、那須与一の扇当てだろう。
睨み合う両軍の合間に漕ぎ出した、一艘の船。掲げられた扇、それを平家からの挑戦とみなし、見事撃ち落とした義経の部下、那須与一。
数ある逸話の中でも特に印象的であろうこのシーンは、屋島の戦いでのクライマックスを飾るものである。

それはさておき。
私の知る歴史を辿るかのように、源氏軍は屋島方面へ勢力を集中させていた。平家も同じく、次の戦いの地を屋島と定めたようで、守りを固めているらしい。

(今頃“還内府”はあちら側で、私たちの裏をかこうとしているのだろう)

有川が京で源氏軍の情報を集めていたことには、気付いていた。一度、気付いてしまえば後は面白いように事実が見えてくる。
望美ちゃんが呪詛浄化に奔走している中、有川はやたらと武士の動きを注視していた。惟盛を討った際のあの痛ましい顔を、ただ冷静に観察していたのは恐らく、私と弁慶さんくらいだと思う。

なるほど。還内府がこのように自ら精力的に働いていれば、平家が持ち直しつつあることも頷ける。かなり厄介なことだ。有川の正体に気づいているのは私と弁慶さんだけだろう。しかし今のところ、私たちに彼をどうこうしようという気はない。

もしかしたら、有川と正体を打ち明け合い、話し合うことで新しい道が開けるのかもしれない。

でもそれは、あまり現実的な考えとはいえなかった。
やはり九郎さんは源頼朝の名代に過ぎないし、史実通りあまり良く思われていない可能性がある。有川も、結局のところ清盛に権利で勝ることはない。どのような経緯で有川が還内府となったかは分からないが、もし彼が平家を止めようとしてできるのならば、既に清盛は怨霊を生み出すのをやめているだろう。

また私は、有川も薄々私たちが源氏軍であると気付いているのではないかと思っている。もしくは、真実の側まで近づきながらも、あえて現実から目を逸らしているか。

どちらにせよ、平氏と源氏の和議など現実的な話ではない。できもしない夢物語を見て無力さに嘆くのならば、初めからそんな夢は見なければ良い。

(今できるベストはもう、尽くしたんだ)

今更、後戻りはできない。勢いよく走り出した車輪は既に留まることを知らない。私はただ一人、弁慶さんの手だけを握って前へ進む。暗闇の中でも、彼の導きならば怖くない。

そして私は戦禍の中へ再び足を踏み入れる。
屋島の戦いの始まりだ。






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