―――武蔵坊弁慶は、京の荒廃の元凶である。


京で囁かれる噂は、簡単に言うとそういった内容だった。どこから流れたのかは分からない。だけれど、応龍の喪失やかつて平家に出入りしていたことなど、かなり詳細に知れ渡っているようだった。

同時に、私とのこともあれこれ勘ぐられているらしい。
突然現われた側近。身元不明の年若い軍師補佐。神子にも取り入っているらしく、実は弁慶をいいように利用しているのではないか、とまで言われている。

彼の側近扱いであるならば、まだ良い。私が弁慶さんのいわゆる“お手付き”で、だからこそ重用されているというものもあった。

(まぁ…恋人という関係だから、あながち間違いでもないけれど)

性別を間違えられていることもある。どうにも、“稚児”のようなものだと思われている節があるのだ。
弁慶さんの過去については兎も角、これらは噂にすぎない。どんなに叩かれようと、妙なボロは出ないから騒ぎたてる必要はない。でも弁慶さんの信用を下げるには、随分効果的に働いているのだ。


一通りの噂を調べた後、弁慶さんに指示を仰いだ。しかし彼は、言わせておきなさいと言っただけだった。下手に騒ぐと余計に真実味を帯びるのだと。


「今回のことは、全てが嘘でもないですからね」

「でも…このままじゃ弁慶さんは誰にも信用してもらえません。対策をしっかり立てるべきじゃないですか?」

「そうでもないんですよ。まぁ、誰が疑おうとあかりくらいは僕を信用していてください。嘘つきには慣れているんですから」


弁慶さんの言葉に、そんなものかと頷いておいた。駆け引きや謀略について、彼の足もとにも及ばないのだから。

(こうやって、弁慶さんは巧妙に真実を隠してしまうんだ)

だから、いつまで経っても彼の内面を予測することは難しい。彼の全てを知る人は、少ない。それでも信用してくれたのだ。他でもない、私を。それがどんなにすごくて、嬉しいことか。その為ならば、なんだってしようという気になるのだ。

(…望美ちゃんはあの噂を聞いただろうか)

ふと、心を過ぎったその一言。彼女はどう、思っただろう。
僅かに後ろ髪が、引かれるような感覚。


「…僕と居るのに上の空とは、一体どんな男に心を奪われているのか。妬けますね」

「えっ!そんなこと考えてません!」

「そうでしょうか。そのような、悩ましげな表情で?」


弁慶さんはうっすらと笑いながらも、強引に私を引き寄せる。


「嘘なんか、つきません。弁慶さんも、私のことくらいは信じてください」

「…そうですね」


それでも、まるで逃がさないというようにきつく抱きしめられる。その背中に手を回しながら、頭の片隅で思った。

今、どこから見ても私たちは恋人同士に見えるだろうと。


130826



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