2 ―――武蔵坊弁慶は、京の荒廃の元凶である。 京で囁かれる噂は、簡単に言うとそういった内容だった。どこから流れたのかは分からない。だけれど、応龍の喪失やかつて平家に出入りしていたことなど、かなり詳細に知れ渡っているようだった。 同時に、私とのこともあれこれ勘ぐられているらしい。 突然現われた側近。身元不明の年若い軍師補佐。神子にも取り入っているらしく、実は弁慶をいいように利用しているのではないか、とまで言われている。 彼の側近扱いであるならば、まだ良い。私が弁慶さんのいわゆる“お手付き”で、だからこそ重用されているというものもあった。 (まぁ…恋人という関係だから、あながち間違いでもないけれど) 性別を間違えられていることもある。どうにも、“稚児”のようなものだと思われている節があるのだ。 弁慶さんの過去については兎も角、これらは噂にすぎない。どんなに叩かれようと、妙なボロは出ないから騒ぎたてる必要はない。でも弁慶さんの信用を下げるには、随分効果的に働いているのだ。 一通りの噂を調べた後、弁慶さんに指示を仰いだ。しかし彼は、言わせておきなさいと言っただけだった。下手に騒ぐと余計に真実味を帯びるのだと。 「今回のことは、全てが嘘でもないですからね」 「でも…このままじゃ弁慶さんは誰にも信用してもらえません。対策をしっかり立てるべきじゃないですか?」 「そうでもないんですよ。まぁ、誰が疑おうとあかりくらいは僕を信用していてください。嘘つきには慣れているんですから」 弁慶さんの言葉に、そんなものかと頷いておいた。駆け引きや謀略について、彼の足もとにも及ばないのだから。 (こうやって、弁慶さんは巧妙に真実を隠してしまうんだ) だから、いつまで経っても彼の内面を予測することは難しい。彼の全てを知る人は、少ない。それでも信用してくれたのだ。他でもない、私を。それがどんなにすごくて、嬉しいことか。その為ならば、なんだってしようという気になるのだ。 (…望美ちゃんはあの噂を聞いただろうか) ふと、心を過ぎったその一言。彼女はどう、思っただろう。 僅かに後ろ髪が、引かれるような感覚。 「…僕と居るのに上の空とは、一体どんな男に心を奪われているのか。妬けますね」 「えっ!そんなこと考えてません!」 「そうでしょうか。そのような、悩ましげな表情で?」 弁慶さんはうっすらと笑いながらも、強引に私を引き寄せる。 「嘘なんか、つきません。弁慶さんも、私のことくらいは信じてください」 「…そうですね」 それでも、まるで逃がさないというようにきつく抱きしめられる。その背中に手を回しながら、頭の片隅で思った。 今、どこから見ても私たちは恋人同士に見えるだろうと。 130826 |