件の一ノ谷合戦は、源氏の勝利で幕を閉じた。
生田側から攻めた源氏本陣と、一ノ谷側から奇襲した神子一行。挟み撃ちをする形で平家軍を追い詰め、遂には船で西へ落ちていった。

その後、残党を追い立てやってきた大和田泊。源氏軍の皆はすっかり勝利に酔いしれていた。九郎や景時の労いの言葉に、歓声が上がる。
望美も、今ばかりは兵たちと寛いだら良いと言われ、すっかりお祭り気分の周囲に心が浮き足立っていた。


その騒ぎの中、ひっそりと街角へ消えていく姿を見つけたのは、運が良いとしか言い様がない。


「あかり、どこに行くの?」


慌てて追い掛け、ふらりと民家の脇道へと滑り込むあかりを引き止める。あかりは驚いたように目を丸くした。


「びっくりした、望美ちゃんどうしてこんなところに?」

「それはこっちの台詞だよ。私はあかりが軍の中から出ていくのが見えたから・・・」


彼女は望美の言葉に、苦い顔をする。悪戯を指摘された子どものような表情だった。それから、困ったように少し笑う。


「心配かけちゃったみたいで悪いことしたなぁ・・・実は弁慶さんが、この先で待っているの」


ほんの僅か、言いにくそうに告げたあかりはそわそわと海の方を見やる。
そういえば先程から弁慶さんの姿は見えなかった。てっきり、何か別に仕事をしているのだと思っていたが。


「・・・もしかして邪魔しちゃった?」

「えっいや、あの、そんな!」


否定しながらも、あかりは早くこの場から脱したい様子だ。それはそうだろう。一ノ谷合戦の間はずっと張り詰めていて、落ち着いて逢引をするのは久々だろうから。


「ごめんなさい、私もう行くね。望美ちゃんは九郎さんたちと居てね!」


中々去ろうとしない望美に痺れをきらしたように、あかりは言い置くとさっさと背を向けてしまった。その慌ただしい後ろ姿を、望美は呆然としたまま見送る。恥ずかしがり屋の彼女だから、弁慶との逢瀬を知られたことに焦っているのだろう。けれどどこか態度に、望美は不自然さを感じた。

(胸騒ぎが、する)

そして険しい表情で海の方を見た。あかりは逢い引きと言ったが・・・どうにも、他の何かが隠されているように思えた。あかりの優しげな表情の後ろに、弁慶の怖い顔がちらついて仕方がなかった。

(不安の正体が、わかるかもしれない)

深呼吸をひとつ。望美は瞳に決意を宿し、走り出す。足は、あかりが消えた港の方へと向いていた。



130714



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