この異世界には最初から、私の知る“史実”と異なる点がいくつかあった。
数多ある相違点の中で特別気になったのは二点。一つが怨霊。そしてもう一つが還内府の存在である。

還内府というのは通称で、その名を平重盛といった。平重盛は“史実”にも見られる人物で、清盛の長男、正式な平家の次期棟梁だった。よほどできた跡取りだったらしい。一門の意見をあまり聞かない清盛も、重盛の助言だけは聞き入れたという。重盛だけが、清盛と諌めることが出来たと、言われているくらいなのだ。
しかし彼は、病に罹った。まだ平家の絶頂期の頃である。心労からだとも言われている。そして、命を落としたのだ。

ここまでは、こちらの世界でも同じ展開だと聞いている。問題は、ここから。
重盛の後に熱病で死んだ清盛は、怨霊として蘇り、平家に怨霊を操る術をもたらした。そして死した一門の武将をも、蘇らせたのだ。
その中の一人が、重盛だった。

重盛は生前、その官職から小松内府(内大臣)と呼ばれていた。その彼が蘇った――“還って”きた、として還内府の名で呼ばれるようになったのだ。

その還内府は、今や平家軍の総指令である。私が源氏軍に拾われた宇治川の戦い。あれよりも以前から、平家は還内府の指揮により源氏軍と互角に戦っているのだ。


「還内府の姿は私たちの誰も・・・見たことはないですよね」

「ええ」


源氏軍、しかも鎌倉殿の名代を勤めている九郎さんの側に私たちはいる。まさか平家の武将に合戦以外で会えるわけもなく、今まで機会がなかった為にその姿形は分かっていない。しかし、かの還内府は自ら戦いに身を投じることもままあるらしい。一般兵の中では、既に都市伝説のごとくその名は知れ渡り恐れられているようだった。


「私、望美ちゃんと話していてある可能性を思いついたんです」


自分の発想に自分で震えた。一度気付いてしまったらどうして今まで思い至らなかったのかと不思議になるくらい、すんなりとその考えはこれまでの様々な事象に当てはまるものだった。


「還内府の関わる合戦――作戦は全て、こちらの手の内を読んだかのようではありませんでしたか?まるで、本当に"知っていた"ように」

「還内府に通じている者がこちらに居ると?・・・それとも、貴女のような知識の持ち主が平家側にもいる、と言いたいのですか?」


その弁慶さんの言葉は、疑問形でありながら断定だった。きっと彼も既に、私と同じ考えを導きだしているのだろう。
私は深呼吸をひとつして、弁慶さんを見つめる。そして切り出した。


「昔、元の世界に居た頃にちょうどこの辺りの歴史を尋ねられたことがあるんです。その時に少し調べ物したから、私、比較的この辺りに知識があって」


そうでなければ、鵯越えの場所なんて正確に覚えているわけがない。私は歴史は好きだったが、特別平安末期に詳しいわけではなかったのだから。その知識は、今の私には有難い財産となっている。
でもそれは、私にとってだけとは限らない。その可能性が、出てきてしまった。


「その時、ほんの雑談の中で聞かれました。もし平家が源氏に勝つとしたら、どうすれば良いかと」


そして私は答えたのだ。


――もし平家を勝たせるとしたら、源氏の働きをもっと正確に予測して、裏手を掻く必要があるね、と。


130609



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