―――武士だ。


騎乗した鎧姿の手には弓、刀、槍。頭には兜。何とも立派な鍬形だ。それに、あの威は見事な小桜黄返。やや、もしかしてあの弓は滋藤弓じゃないか。


目を開けたらそこは合戦場のようだった。
こんな夢のような事が起こっていいのだろうか。なんて、まさか本当の合戦なわけが無い。これは夢だ。しかし、なんとまあ私の趣味出まくりな夢なんだろう。我ながら関心してしまう。しかも、こんな鮮明な夢は初めて見る。

ぼんやりと考える私の眼前では、一面に広がった兵が各々に刀を打ち合っていた。馬と人とが入り混じり、力の限りを尽くしているのだった。ちなみに、一言で武士と言っても時代によって意味合いが変わる。近世に近づけば近づくほど、武器や戦略がより発達するのは当たり前だろう。
改めてぐるりと戦場を見渡した。皆激しい動きをしている為、細やかな鎧や武器の様子は判別できない。だが、目の前の武士がどの時代の武士なのか、歴史マニアとしては非常に気になるところだ。何か情報はがないか目を見張る。何かないか、何か。そしてひとつだけ、気づいた。

(足軽がいない、そして鉄砲がない…?)

この合戦で騎乗する者は僅か、多くの歩兵が地で走り回っている。鉄砲の伝来は確か、1548年種子島。普及したのは長篠合戦で織田信長の足軽鉄砲隊が登場してから。足軽は定かではないが、応仁の乱あたりの資料が初出であったと思う。

(なるほどね)

そう、つまり目の前で合戦を繰り広げる彼らは、平安末期から鎌倉幕府滅亡までの武士ということだ。それにしても壮観である。資料として見たことはあってもこれだけの人数が、合戦を実際に行っているところは初めて―――…

(…実際?)

その瞬間、我に返った。
今まで聞こえていなかった音、色、激動が一気に押し寄せる。鉄のこすれる音、飛び散る赤、それらは命懸けの行為で決して遊びではないことを雄弁に物語っていた。


これは"夢"じゃない、"現実"だ。


理解した瞬間恐ろしくなった。むせるような鉄の――いや、血の匂い。意識し出すと無視できない。


「―――っ」


慌てて口を抑える。やばい、吐きそう。
よくよく自分の周りを見渡せば、そこは合戦のど真ん中だ。目が覚める前、確かに私は学校に居たと思うのに。そもそもこんな、合戦なんて今の時代にあり得ない。まさか時代劇の撮影に本物の死体やら血を使うわけないだろうし。これが時代劇だったならどんなに良いか。しかし、血も死体も生々しくてどう見ても本物だった。

気が動転するあまり、声は上げられなかった。ただ眼前の激しい戦いに今更ながら驚いて、足元がふらつく。そのまま半歩後ろに下がったら何かに足を掬われて、叫ぶ間もなく派手にひっくり返る。


「痛っ」


見事に頭を強打。意味の分からないこの状況に痛みが上乗せされて、じわりと涙が滲んだ。鼻を啜り、ひっくり返ったまま顔を横に向けると……


「!!!」


暗い、落ち窪んだ目が私を見つめていた。髑髏、だ。それは確かに鎧を身に付けあたりの武士と変わらぬ姿だが、既に白骨化し、欠けた兜が痛々しい。驚いて身を強張らせるが、すぐに落ち着きを取り戻す。今は死んだ兵より生きた武士が怖い。

――しかし、動かない筈のそれは、突然動いた。
ギギギ、と妙な音を立てながら骨だけになった手で刀を振り上げたのだった。


「お、お化け…!」


とっさに、体をひねってその斬撃を避ける。さっきまで顔があった所に、刀が突き刺さった。それを見て血の気が引いた。唖然とする私に構わず、それは起き上がり、また刀を手に私の方を向く。


「ななな何で動くのよ!?」


転がるように髑髏から少し離れた私は、立ち上がって逃げようとした。が、困ったことに足に力が入らない。腰を抜かしたのだった。


「やだやだ来ないでって!!」


迫り来る髑髏から少しでも離れようと尻餅を付いたまま後ずさり、手元にあった小刀を無いよりはマシかと思って構える。だが髑髏は確実な狙いを付けて迫ってきていた。振り下ろされた刀を見て、駄目だ、と目を瞑ったその時。


「大丈夫か!なんでこんな所に女子がいるんだ!?」


力強い太刀筋が髑髏をはねのけた。私の前に立ったその人は、横目で私に視線を寄越して焦ったように怒鳴る。


「とりあえず陣へ走れ!死なれて怨霊になられても困る!」


――若い男。紫裾濃威の鎧だ。


情けない事に、私はそれだけ理解するとそのまま意識を手放したのだった。




100309



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