それから、出陣の時間やルートを簡単に決めた。同行するのは元から九郎さんの指示で動いていた、僅かな人数である。
ひと段落したところで、弁慶さんに命じられる。


「あかり、望美さんに伝えてきなさい」





先程九郎さんと、林の方へ入っていったのを見ていた。弁慶さんは九郎さんを呼びつけていたようだけど、今も望美ちゃんはそこに居るかもと辺りを探す。
目的の人はすぐに見つかった。


「望美ちゃん」


私たちの神子様は、呼びかけにゆっくりと振り返る。穏やかな表情、それでいながら凛とした佇まい、翡翠色の瞳の激しい輝きにドキリとする。
彼女は、この頃雰囲気が変わった。大きな変化はちょうど、私が弁慶さんと共に勝浦の宿で別れて、本宮で再会する間。本宮で数日ぶりに会ったときには既に、必死でありながらも手探り状態でどこか迷いもあったそれまでの望美ちゃんではなかった。何か重大な決心をし、覚悟を背負っているような顔つきになっていた。


「あかりちゃん、軍議が終わったの?」

「う、うん。今説明していいかな」


今も、彼女は驚きひとつしない。緊張気味の面持ちではあるものの、全て分かっているような達観した様子があるのだった。


「平家軍の裏手に回ろうと思っているの。望美ちゃんは、”義経の鵯越え”って知ってる?」


地図を広げながら、問う。望美ちゃんは一瞬目を見開くと、恐る恐るといった具合で答えた。


「九郎さんが馬で、崖を下り降りるやつだよね?」

「そう、それ。平家物語ではかなり有名な場面なんだけれど、この地点が丁度その舞台なの。私たちの世界の史実にわざわざ沿わせるつもりはないんだけど、弁慶さんの見立てでもここからの奇襲が一番有力だって話なんだけれど」

「・・・危なくないかな」


少し間をおいて、ぽつりと望美ちゃんは言う。静かに、しかしどこか確信を持った声で。


「あかりちゃん、三草山の結果も史実とは違うんでしょ?」


三草山の戦いで、味わった敗戦の記憶はまだ新しい。
私たちの世界の史実では義経の奇襲によって難なく源氏が勝利を収めるこの戦いにおいて、全く予想もしなかった動きをした平家軍の作戦により、こちらが引き分けに持ち込むことで精一杯だった。かなりの犠牲も伴った。


「今度もそうってことはないかな。もし私たちの裏をかいた作戦を平家が立ててたら・・・そんな気がして怖いの。有り得ない話じゃないよね」


一理ある意見、それどころか思いもしなかった発想の転換に驚く。私や弁慶さんも、"史実"を知りすぎ意識しすぎるのは良くないと常々話している。けれど、それはあくまで、この世界とあちらの世界が同じではないから、という意味でだ。

(そうじゃなくて・・・もしかして、あっちにむこうの世界の史実を知った人間が居る?)

つまり、あちらの史実における平家の失態を、すべて塗り替えるように指示を出しているとしたら。

(こちらに内通者が――いや、向こうにも異世界から来た人間が居ても、おかしくないしそっちの方が有り得る)

思い込みすぎだと言われればそれまで。しかし妙に、この頃の平家の行動は上手く行き過ぎている。十分に考えられることだった。


「私の手の内は読まれている前提で、鵯越えも向こうに知られているかもしれないってこと・・・?」

「うん。だから、実行する前にもう一度調査した方がいいと思うの」


動揺を隠せない私と対照的に、望美ちゃんは落ち着いている。まるで、そうなることを知った上で発言しているみたいだ。それに彼女は理由なく、こんなことを堂々と言う子ではない。何かしら彼女なりの根拠がある気がした。


「神子の勘、って言ったら信じてくれない、かな」


望美ちゃんは、曖昧に笑う。わからない、けれど神子である彼女には特別な力があることも確かで、その見立て自体にも私は可能性があることを捨てきれない。
私は一息吐いて、望美ちゃんに頷いた。


「わかった。私、弁慶さんに相談してみる」



130516



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