「僕には、あかりがわからない」


弁慶さんが答えたのは、いくらかの沈黙の後だった。


「好きだとか、愛だとか、そんなことでどうして危険な行動を選ぼうとするのか。あかりは異世界の人だ、戦いになど顔を背けていれば済む」


俯いた彼の表情は、よく分からない。でも酷く冷たい声だ。私を拒絶する、声。


「こんな理不尽なことは、僕のような人間に任せていればいい。神子と共に居れば悪いようにはならないでしょう。きっと、平和な貴女の世界にも帰れるでしょう」


そして、弁慶さんの言葉はどれも正論だった。


「君は僕に盲目的すぎます。もっとちゃんと物事を見なさい。僕に利用され、この世界で死んでも構わないというのですか」


客観的に言われると、なるほど、私の感覚はおかしいのかもしれないと自分で思ってしまう。
異世界で手の届かない人に恋をした。叶うどころか、生き残れるかすらわからない。だというのに、僅かな可能性の為だけに今までの仲間や自分の世界を捨てるに等しい行為。


「確かに、私は弁慶さんに依存、しすぎているかもしれないです」


恋をしたというだけで、物事の中心を弁慶さんに持っていくのは間違っている。でも、感情は理性に反して私を突き動かす。


「・・・きっと、私酷い人間だから。自分の危険だとか、望美ちゃんや九郎さんの都合や思いなんて、今は考えられない」


弁慶さんにそっと近付く。彼の外套の裾を、そっと掴む。


「弁慶さんのそんな顔を見るよりは、全然いい。それが本音なんです」


見上げた表情は、歪だ。これのどこが、罪を平然と犯す最低の男、なのだろう。深く傷ついて、泣きそうな顔をしている癖に。


「そんな、こと」


震えた言葉は嗚咽のようで。もう余裕な彼、の姿はない。


「軽々しくそんなことを言わないでくれ・・・!そんなことを言われたら僕は、あかりを、道連れにしたくなる!それが嫌だから打ち明けたのに、貴女が、欲しくなってしまうでしょう・・・!」


肩を掴まれる。痛いほどに込められた力。私を見下ろす瞳は、熱っぽい。慟哭するように続ける。


「あかりはまだわかっていない、僕がどんなに酷い男かを!きっとあかりが泣いて、叫んで、嫌がっても僕は貴女を離してやれなくなる。例え貴女が僕を嫌いになっても、側にいてくれたら構わないと・・・自分で自分が何をしでかすか、分からないのに・・・っ」

「――いいですよ。道連れにしてくださって、結構です」


言葉はするりと、口から飛び出た。


「お願いです弁慶さん、私を、貴方の隣に居させてください」


真っ直ぐ見つめる。私よりずっと大人のくせに、意地悪でひねくれていて、感情表現の下手な彼。
愛おしいと思う。私はこの恋の為に、異世界で身を滅ぼしても良いと、本気で想った。


「あかり・・・ッ」


強く抱かれる。私は彼の震える肩に手を回す。
弁慶さんは私が欲しいと言った。私も彼が欲しかった。偽の恋人契約から、ようやく本当の恋人になれた。それなのに、歪な関係には変わらない。きっとこれは、恋だなんて可愛らしいものではない。互いに、互いを拠り所にしてようやく生きている、関係。

でも私が彼にとっての支えになれるのなら、そんなの、少しの痛手にもならない。この時の私は、そう信じていた。


130201



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