3 一面の青が広がっていた。晴れ渡った空には雲一つなく、さざ波が揺らぐ海はキラキラと輝いてみえる。地平線の彼方でその二つが混ざり合い、ただ一面の青を形作る。 自分がちっぽけに感じる。戦や謀略といった、私たちを取り巻く現状がとても些細な下らないものであると錯覚する。とにかく大自然に、圧倒された。 「変わらないな」 弁慶さんは、海を眺めながら呟いた。喜ぶようで残念がるような、複雑な声色。彼を見上げれば、笑って付け足すように教えてくれた。 「海ですよ。いつ見ても美しい」 その表情は、そこか堅い。いつもの余裕のありそうな彼とは異なる雰囲気に見入った。 「僕は、この海を見て育ったんです。海だけじゃない、山も川も・・・全てが僕の庭だった。熊野の中で知らないものは何もない、幼い日の僕はこの地を駆け回ったんです」 熊野は、弁慶さんにとっての故郷。彼の表情や声からも感じるように、思い入れは強いのだと思う。 「僕はね、熊野が好きなんだ」 私は、弁慶さんの声にただ耳を傾ける。彼の告白に込められた想いは、ただ懐かしさや親しみだけとは思えなかった。愛おしさと同時にどこか皮肉な響き。 「でも同じくらい、京の都も大切に思っています」 潮騒に、紛れてしまいそうな声。 弁慶さんは、私を見つめた。 「あかりは、どう思いますか」 「え・・・」 「この世界を、貴女は好きですか」 ――この世界。 向けられた問いに、咄嗟に答えることができない。考えたことがなかった。思いつきもしなかった。 口ごもる私に、弁慶さんはふわりと笑う。初めから答えを期待していたわけではないらしい。けれど次の瞬間には、僅かに顔を歪め、苦しげに吐き出す。 「僕は、大好きだ。だから守りたい・・・救いたいとずっと思っていた。あの頃も、どうしても戦いを終わらせたかった。だから無茶もした。それは、綺麗な感情からの行動だけではなく、自己顕示欲も相まってのものでした」 「・・・・・・・・・」 「でも今は、違います。強迫観念というのかな・・・他の何を犠牲にしても僕がやり遂げなければならないと、それを成すことが僕の罰なのだと」 何を、何が。問を挟む余地はない。切々と述べる弁慶さんをただ見つめるしかなかった。そして最後に、ぽつりと言われる。 「あかり。僕は、貴女が思っているような、男ではないかもしれない」 ――それでも、聞いてくれますか。 囁くような言葉は、泣き出しそうに震えて聞こえた。 断れるわけが、ない。 |