意気込んで宿を出たにも関わらず、私は柄にもなく緊張してた。よく考えたら、弁慶さんと全く二人きりというのは今までに無かったことだ。仕事柄、すぐ側に他の兵たちも沢山いたから。


「そんなに離れて歩いていたら、置いていきますよ」

「は、はいっ」

「京ならともかく、ここは熊野です。女のひとり歩きを見逃すような男はいません。あっという間に襲われますよ」

「・・・・・・!」


なにやら物騒な脅しをかけられて、慌てて弁慶さんの隣に追い付く。その拍子に、ふわりと弁慶さんの外套が揺れて独特な匂いが香る。

(あ、薬草の匂いだ)

嫌な匂いではない。薬師たる弁慶さんにぴったりの、匂い。見上げればすぐ側に弁慶さんの顔が見えた。

(困ったな)

近付いた距離を、やたら意識してしまう。意識して、頬に熱が集まる。どうしよう、近い。嬉しいけど恥ずかしい。
弁慶さんについて歩くなんて、いつもしていたこと。なのにどうして、今日に限って緊張するのか。実は、答えは明白である。

(私たち、どう見えているのだろう)

常ならば私は、少年に見間違えられることが多い。それはこの世界で行動するには、とても便利なこと。女の行動は、かなり制限される。ましてや、出自不明の取り柄のない女が源氏軍で働けるわけがない。

でも今日の私は、いつもの私ではない。出かける前、望美ちゃんが綺麗に髪を結ってくれたのだ。それに背負う風呂敷も、朔ちゃんが貸してくれた可愛らしいもの。

(それだけの違いなのに、違うものだなあ)

今の私は、山歩きの為に男装している女の子、に見えている筈。弁慶さんに連れ添って歩く、女の子にきちんと周りからも見えている筈なのだ。


「あかり、今日は静かですね。どこか具合が悪かったり・・・」

「えっそっそんなことないです!元気です!」

「ふふ、そのようですね。でもちゃんと前を向きなさい。転んだら大変でしょう」


突然話しかけられて、慌てた私を咎めるでもなく弁慶さんは苦笑している。今日の私が女の子なら――今日の弁慶さんは、私の上司ではないみない。なんだか、優しい。私が女の子の姿だから、だろうか。
まるで望美ちゃんに対してのような表情。慣れないそれが、一層私の緊張を助長させた。

(緊張している場合じゃないのに・・・弁慶さんに、近づくチャンスなのに)





「あかり、ちょっと休みませんか」


海辺に出たところで、弁慶さんが提案した。私は小さく頷く。まだ体力には問題ないが、休める時には休んでおかないと。
促されるまま浜辺へと足を進めた。


130127



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