龍神温泉にて


弁慶は、大抵の女性には優しい。初対面でも怨霊でも、それが女性であれば常に彼の対応の仕方は丁寧である。特に神子に対しては格別。だからといって、神子である望美ちゃんに恋愛感情を抱いてはいないらしい。それは嘘ではないだろうが、望美ちゃんが特別な存在だということは確かだ。恋愛感情に発展しないのは、彼女が九郎さんと恋仲だからか。

では、一応彼の恋仲という設定の中にいる私は、彼にとってどんな存在なのだろうか。


「どんくさいですね」


にこり、と笑顔を浮かべて彼は言った。開口一番、仮にも恋人に向ける言葉ではないと思う。でも、言い返せないのが悔しい。どんくさいのは承知だ。


「望美ちゃん、朔ちゃん、私って弁慶さんの何なんだろう・・・」

「何って、恋人じゃない」

「どんくさいって言われた」


にこやかな笑顔を振りまきながら去っていく弁慶さんを見送って、私はあとから来た二人に向かって俯く。


「うーん・・・確かにあかりに対する弁慶さんはなんだか素直じゃないよね」

「恋仲だって思っているの、私だけっぽい」

「それはないわよ」

「うん、ないない」


実際は恋仲という前提すら、契約なのである。それを知らない望美ちゃんと朔ちゃんだから、そうあっさり否定できるのだろう。
なんとなく、「付き合うのはオッケーされたけど、完全に私の片想いからの関係だ」というニュアンスを伝えるが、それでも二人は「弁慶さんもあかりを好きだよ」と譲らない。


「付き合い始めたことを、皆に報告したのは弁慶殿だわ。それに彼、貴女が居ないと貴女の話題ばかり話すわよ」

「えっ・・・いいよ、そういう嘘付かなくて・・・。もし本当でも、話題というか愚痴でしょ」

「嘘じゃないよ!まあ・・・辛辣な物言いではあるけど」

「望美!」

「あっごめん」


望美ちゃんは良くも悪くも、嘘をつけない人だ。弁慶さんが皆の前で、私を散々に言っているらしいことはわかった。
それでも無視されるよりはいいか、なんて思っているあたり、色々私も感覚が麻痺している。


「わかった!今日はとことん、あかりの相談に乗るよ!」


望美ちゃんと朔ちゃんは、急に張り切って私の手を握った。



そうしてやってきた、龍神温泉である。


*


温泉なんて入ったの、いつぶりだろう。下手したら、数週間山歩きでまともな寝床も得られない生活をしている。久々の温泉に全身の力が抜けていくのを感じた。


「気持ちいい〜」

「本当に。ここは龍神ゆかりの温泉だから、きっと相性もいいわ」

「二人にとっては命の泉、みたいなものだね」


女子三人、邪魔の入らないところでくつろぐのも希である。嫌なわけではないが、四六時中、男性陣と居るのは中々気を張ることだ。


「それで、あかり。弁慶さんとのことだけど・・・」

「い、いいよ望美ちゃん!」

「あら、よくないわ。何の為に温泉に来たと思っているの?」


おもむろに話を切り出した彼女に私は慌てた。どうにか矛先を逸らそうと、望美ちゃんに振り返す。


「望美ちゃんは、どうなの?」

「確かに、ちゃんと聞いたことないわね。望美、八葉の中だったら誰が一番気になるのかしら」

「ええっ私?!」


まさか自分に問いかけが来るとは思わなかったのか、望美ちゃんは目をまんまるにする。そんな慌てた表情すら彼女がすると、とても可愛い。


「うーん・・・そうだなぁ。みんな好きだし、決められないけど・・・強いて言うなら・・・」


望美ちゃんは顎に手を当てて、宙をじっと睨む。真面目な表情だけど、その頬は羞恥のせいか赤く染まっている。


「九郎さんかな。やっぱり剣の兄弟子だし、頼朝さんの名代として立派にしているの、凄いなぁって思うし・・・」

「そう!私は九郎殿、良いと思うわよ」

「うん、望美ちゃんと九郎さんお似合いだよ!」

「うわわ、ちょっとそういう話じゃないよっ!?」


九郎さんと望美ちゃんは、誰がどう見たってお似合いだ。私は九郎を応援しているし、大賛成である。・・・弁慶さんには、悪いけれど。
二人がくっつけばいいなぁ、とぼんやり思っていると、くるりと朔ちゃんがこちらに向いた。う、嫌な予感。


「ねぇあかり。弁慶殿の他に気になるだん施はいないの?」

「えっええ?!」

「朔?」


それは、予想していたどんな問いとも異なるもので。考えたこともなくて、頭が真っ白になる。朔ちゃんは一体何が知りたいんだろう。その疑問は顔に出ていたようで、彼女は真剣な顔で続けた。


「あかりが弁慶殿を好きなのはわかっている。でも私、何も弁慶さんに拘る必要はないんじゃないかって、思うの」


朔ちゃんは私の顔色を窺い、恐る恐る尋ねた。


「例えば――有川殿とかどう?」

「あああ有川!?」

「あー・・・確かに、あかりと将臣くんいい雰囲気のときあるよね」


望美ちゃんのまさかの追撃に、びっくりした。確かに有川は、八葉の中では一番古くからの知り合い。でもこれまで顔見知り程度の認識しかなかったし、決して”良い雰囲気”なんて出してないと思うのだけれど・・・。


「そんな、有川が怒るって。私はたまたま、ちょっと話したことがあっただけだからさ」


笑いながら否定する。有川は確かに格好いいし、良い奴だが・・・有り得ない有り得ない。
朔ちゃんは不満そうにする。朔ちゃんは、弁慶さんのことをあまり誠実だと思っていないようだ。きっと、仕事柄掴めない態度ばかりとっていることや、私に対しての風当たりを見てのことなのだろう。


「二人が、弁慶さんが私に対して優しくないの、心配してくれるのは嬉しい」


私は、笑った。
そりゃあ、私だって二人の立場だったら心配するに違いない。端から見れば、ただの部下苛めだ。


「でもね、辛くはないの。あの人、本当にややこしい人で怖いし厳しいけど・・・多分、そういう所もひっくるめて、好きになっちゃったから」


なんとまぁ、厄介なことか。私は弁慶さんがただ、八つ当たりをしているわけじゃないと信じているのだ。それに、今更引き返せもしない。不特定多数に向けられた優しい顔より、限られた人にしか向けない厳しい顔を向けられた方が、嬉しいと思ってしまっていたから。


「なんていうか・・・あかりはちょっと変」

「そ、そんなぁ」

「望美に賛成。でも、弁慶殿の相手としてはちょうど良いのかもね」


望美ちゃんと朔ちゃんは、口々に言った。


「さっきの話だけど。やっぱり九郎さんが一番っていうの、取り消し」


不意に望美ちゃんが言う。どういうこと?と彼女に目を向けると、にっこり笑って望美ちゃんは言い放った。


「今は朔とあかりと居るのが、一番好き!」



熊野の旅路は、まだまだ長い。




130110



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