3 がさり、とすぐ近くの草むらが揺れた。木の陰から出てきたのは、小柄な少年――否、男装のような服を纏った少女である。彼女が少し前からそこへ潜んでいたことには、湛快も気づいていた。そして、彼女が件の”あかり”であるということにも。 「立ち聞きとは良いご身分ですね」 「ごめんなさい・・・私、そんなつもりでは。弁慶さんが森へ入ったのに気付いて、どうしたのかと・・・」 「だからといって、こっそり後をつけるとは行儀が悪すぎだとは思いませんか」 湛快は二人のやり取りに目を見張る。 常々、弁慶が他者に対して向けている態度とあまりにも違った。話には聞いていたが、これほど、とは。一方あかりは、弁慶の叱責から逃れるように視線をさまよわせた。 (年頃の女子にはちと、厳しすぎるだろうが) けれど湛快の懸念をよそに、意外にもあかりははっきりと言い返す。 「あんな人目を忍んでいたら、誰だって不審に思います」 「軍師たるもの、仲間であっても簡単に考えを明かせないこともある」 「理屈はわかりますけど、でも」 「貴女のような甘い考えじゃ駄目なんです」 勿論、弁慶の方が遥かに弁は立つ。しかしあかりは弱々しげな印象とは異なり、頑固なようで折れる様子がない。見かねた湛快は二人の間に割って入った。 「おいおい。少し落ちつちたらどうだ」 するとあかりははっとして湛快に目を向ける。湛快の存在が、すっかり意識から消えていたらしい。さっと顔色を変え、困惑するように弁慶の外套を掴む。弁慶は息を吐いた。 「僕の、兄です。ついでにヒノエの父親でもある」 その紹介に、あかりは目を丸くする。 「わ、弁慶さん藤原別当家の出だったんですか・・・・・・!」 「ええ。でももう随分熊野にはご無沙汰していましたから、ただ血の繋がりがあるというだけです。兄さん――湛快は先代の熊野別当ですがね」 「弁慶、そこまで話しちまっていいのか?」 「あかりは問題ない。源氏軍ではなく、僕個人の部下だ」 頭の回転は悪くないらしい。彼女はヒノエの正体を暴いた時と同じく、湛快と弁慶の関係をすぐ理解してようだ。ただ、駆け引きを知らない。 (なるほど、原石か) 磨けば光る。が、そのままでは使い物にならない。弁慶が苦心するのも、わかる。 (しかしあいつ、彼女をどうするつもりだ?) |