1 正直に白状しよう。あの時のあかりの姿には動揺を隠すことで精一杯だった。 ――私は弁慶さんを、振り向かせて見せます。 まさかあんなに、強気な態度を取られるとは思ってもいなかったのだ。いつものように、怯えた表情を浮かべるのだろうな、という予測は見事に裏切られた。 (僕は上手く、表情を誤魔化せただろうか) 衝撃のあまり、視線を僅かに逸らす。 あのまま彼女の目を見ていたら、きっと平常心ではいられなかっただろう。心の奥底に沈めた、余計な感情までも引きずり出されてしまいそうだった。 (あかりに、あそこまで僕に言い返す度胸があるだなんて) 否、弁慶は気付いていた筈である。 あかりはいつもすぐに動揺し、狼狽え、困ったように眉尻を下げる。だが初めて会った時から、彼女は一度だって泣き言は口にしなかった。 独りきりで異世界に紛れ込み、同級生と再会するも自分だけ足元のよく見えない境遇。かといって、辛そうな様子はない。内に苦しさを秘めているようにも見えない。あかりは事実、この状況をあまり苦には思っていないらしいのだ。 どこか得体の知れないのは、そのせいだ。 裏表がまるでなく、実に単純で未だ幼さを捨てきれていない彼女。自分の境遇や先の出来事を知りながらも、少しも臆さず、常に冷静な彼女。 どちらも間違いなく菅原あかりの姿なのだが、どちらが本来の彼女なのか、彼女が事実どのような心境なのかいまいち把握できない。 (ただ一つ、言い切れることはあかりが僕に特別な感情を抱いていることだけ) 弁慶は、あかりに対する自身の態度が特別理不尽であると自覚している。九郎や景時にも何度も指摘された。あかりに辛く当たりすぎだ、もう少し優しくしてやれと。 でも、言われれば言われるだけ、彼女を困らせてやりたくなる。そうすることで、彼女の正体が暴けるのではないか。そんな愚かな考えが、浮かんでは消えるのだ。 (それでも尚、離れない彼女の想いは否定しきれるものではない) 意志の強い瞳が、頭から離れない。 ――私は、貴方が好きなんです。少しでも一緒にいたいし、貴方の事を知りたい。 それはじわりじわり、遅効性の毒のように弁慶の精神を犯す。そのことに苛つき 、つい舌打ちをした彼に、呆れたような声が投げかけられた。 「ひとりの女に、お前がそんなにも振り回されるだなんてなぁ」 |