正直に白状しよう。あの時のあかりの姿には動揺を隠すことで精一杯だった。

――私は弁慶さんを、振り向かせて見せます。

まさかあんなに、強気な態度を取られるとは思ってもいなかったのだ。いつものように、怯えた表情を浮かべるのだろうな、という予測は見事に裏切られた。

(僕は上手く、表情を誤魔化せただろうか)

衝撃のあまり、視線を僅かに逸らす。
あのまま彼女の目を見ていたら、きっと平常心ではいられなかっただろう。心の奥底に沈めた、余計な感情までも引きずり出されてしまいそうだった。

(あかりに、あそこまで僕に言い返す度胸があるだなんて)

否、弁慶は気付いていた筈である。
あかりはいつもすぐに動揺し、狼狽え、困ったように眉尻を下げる。だが初めて会った時から、彼女は一度だって泣き言は口にしなかった。
独りきりで異世界に紛れ込み、同級生と再会するも自分だけ足元のよく見えない境遇。かといって、辛そうな様子はない。内に苦しさを秘めているようにも見えない。あかりは事実、この状況をあまり苦には思っていないらしいのだ。

どこか得体の知れないのは、そのせいだ。
裏表がまるでなく、実に単純で未だ幼さを捨てきれていない彼女。自分の境遇や先の出来事を知りながらも、少しも臆さず、常に冷静な彼女。
どちらも間違いなく菅原あかりの姿なのだが、どちらが本来の彼女なのか、彼女が事実どのような心境なのかいまいち把握できない。

(ただ一つ、言い切れることはあかりが僕に特別な感情を抱いていることだけ)

弁慶は、あかりに対する自身の態度が特別理不尽であると自覚している。九郎や景時にも何度も指摘された。あかりに辛く当たりすぎだ、もう少し優しくしてやれと。
でも、言われれば言われるだけ、彼女を困らせてやりたくなる。そうすることで、彼女の正体が暴けるのではないか。そんな愚かな考えが、浮かんでは消えるのだ。

(それでも尚、離れない彼女の想いは否定しきれるものではない)

意志の強い瞳が、頭から離れない。

――私は、貴方が好きなんです。少しでも一緒にいたいし、貴方の事を知りたい。

それはじわりじわり、遅効性の毒のように弁慶の精神を犯す。そのことに苛つき
、つい舌打ちをした彼に、呆れたような声が投げかけられた。


「ひとりの女に、お前がそんなにも振り回されるだなんてなぁ」






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