「僕に、案内して欲しいのですか?」


僅かな沈黙の後、きょとんとしたように弁慶さんは尋ねた。驚いているらしい。それは、そうだろう。目を丸くした弁慶さんを前に、発言者の私が最も驚いているのだから。


「わっ・・・悪いですか。熊野は向こうでも、有名な場所なんです。ここまで来たら、ちゃんと見ていきたいんです」


微妙にニュアンスをごまかしつつ、開き直る。嘘ではないが発言の意図はそこではない。さっきの言葉は、熊野案内より弁慶さんと、という方に比重が傾いていた。彼もそれに気付いていたのか、今度は含み笑いを浮かべながら、再度繰り返した。


「僕で、いいんですか? 敦盛くんもいます。貴女たちは気が合うようじゃないですか」

「・・・弁慶さんが、いいんです!」


普段の私なら、根負けして黙り込むか適当に流してしまっただろう。それにも関わらず、半ばやけくそで言い返したのは、我慢できなかったから。

(私の気持ちを知っていながら、彼は私の想いを信じてはいない)

馬鹿にするような言動、冷めた視線。人を翻弄するような態度で居ながら、自分に向けられた好意を疑っている。まるで間違いだとでも言うように。
無性に、腹が立った。


「――・・・」

「当たり前じゃないですか、私は、貴方が好きなんです。少しでも一緒に・・・いたいし、貴方のことを知りたい」


私だって、恋とか愛とかよく分かっていない。でも、焦がれる心に偽りはない。どんなに冷たくされても、雑に扱われても、惹かれて止まない。気づけば目で追っている。少しでも近づきたいと考えている。

(これが恋じゃなかったら、なんだと言うの)

そう思ったら、黙っていられなくなった。


「せっかくのチャンス、でしょ?私は弁慶さんを、振り向かせて見せます。そういう、約束ですから」


頬に集まる熱を煩わしく思いながら、睨みつけるように弁慶さんを見つめた。


「・・・・・・・・・30点ですね。恋の駆け引きに、約束事を持ち出すのは良くない。興醒めだ。でも、貴女にしては頑張った方でしょう」


弁慶さんは気怠そうに視線を寄越し、ため息を吐く。


「わかりました。熊野の案内は、僕が引き受けます。幸い熊野の主は神子様にご執心ですし、時間はたっぷりありますからね」


そして、これみよがしに私との距離を詰めた。傍から見れば仲睦まじく、寄り添っているように見えるのだろう。


「期待していますよ、あかり」


弁慶さんは、嘲笑うように私の頬を撫でる。外套の影の中にある瞳は、挑発の色に満ちている。
何人も傍に寄せ付けないと言わんばかりの彼から、私は目を逸らさない。自分でも驚きの、強気の態度。これは決意の反映だ。


この熊野で、弁慶さんに近づいてみせる。
私の気持ちを、否定なんてさせない。
そう決めた。


121206



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