そこかしこに、戦の香りが立ち込めていた。土埃と鉄の匂いが混じり合ったような独特なそれに、ちらりと懐かしさを覚える。私がこの世界にやってきた日を思い出したのだ。

けれど今回は、あの時のような大々的な合戦ではなかった。先手を打った源氏方が、山道を奇襲したのである。平氏は山に火を放ち、私たちを追い詰めた。山火事の威力というのは実際、大軍を前にした時よりも恐ろしい。私はそれを知った。多くの兵が命を落とした。
火を掛けられ、平家方の陣まで攻め、そして引き返してきたところである。煤けた顔を洗う間もなかった私は、ただ目元を拭い、同じく煤だらけの上司を見つけて側に寄った。


「――弁慶さん」


辛うじて生き残った兵の中には、重傷者も少なくない。軍師でありながら薬師である彼は、戦いが収束した今も、怪我人の治療や後始末に奔走していた。


「あかり…怪我はありませんね」


弁慶さんは私を眺め、小さく息を吐く。何時もの嫌みや皮肉は見えない。否、私に嫌がらせする余裕など無いのだ。


「私は、大丈夫です。それよりも…」


私は疲れきった様子の弁慶さんに向かって口を開くも、その先は言葉にならなかった。弁慶さんの身体が心配です、だなんて言えない。大丈夫ですか、なんて聞けない。

辛くない筈はない。今も彼のその瞳は、耐え難い悲痛さを訴えているのだ。
火が放たれた時、私たちのすぐ後に続いていた多くの兵が炎に進路を阻まれた。火の回りは早い。あっという間に炎に巻かれた。早く助け出さなければ、彼らは助からない。それは一目瞭然。けれども、それを主張した神子にぴしゃりと、弁慶さんは現実を突き付けたのである。

――戦に手加減などない。これは遊びではない。命を賭した駆け引きなのだ。

頭ではわかっていたつもりでも、弁慶さんの苦渋の決断には私も動揺した。今まで、私にとって合戦は机上の話でしかなかった。戦話が好きだとさえ思っていた。
でも、違った。歴史として学ぶのとその時代に生きるのとでは、全く違う。戦は、人が死ぬ。人を殺す。大将の言葉ひとつで、そこは屍の巣窟となる。

考えを改めた。戦は怖い。惨い。出来れば、見たくない。
軍師など誇れる立場ではない。武士の間では花形かもしれないが…少なくとも、戦に巻き込まれる民衆にとっては、人殺しの指揮者でしかない。

――あの時眉間にしわを寄せた彼は、恐ろしい形相だった。まさに、鬼の形相。軍師の顔だった。神子も他の同行者も、彼の言葉に従うしかなかった。それ程の迫力があったのだ。

(でも私には…弁慶さんがただ非情だとは思えない…)



「例の、公家装束の少年ですけれども」


私は、続かなかった言葉の先を誤魔化すように話題を変える。弁慶さんも、少しだけ興味を示したように瞳を瞬かせた。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -