――神子様にご執心、のようでしたので。


本当は、その一言にどきりとさせられた。
心のうちに留めて、決して表には出さないつもりだった僅かな想いを、見透かされたように感じた。九郎が神子に感じているような感情とは、少し異なる。でも、惹かれていたという点では否定しようがない。
望美は、弁慶にとって満月のような存在だった。夜の帳に隠している己の姿を、否応なしに照らし出してしまう、清らかな光。良くも悪くも、彼女の前に闇は留まっていられない。望美の神気はそんな風に思わせる。

(僕が出会ったどんな存在よりも清らかで、美しい人だ)

一点の汚れもない神子に、惹かれると同時に悟った。自分は神子に相応しくないし、神子と居ることに自分の方が耐えられないだろうと。


――かけがいのない友人だから、諦めるんですか。


芽生え始めた恋に戸惑う、九郎と望美。あかりは弁慶の望美への想いを看破した上で、そう言った。確かに九郎とは長い付き合いで、だから彼の純粋な恋を応援したいという気持ちはある。だが、だから神子への恋慕を押し殺しているのではない。

…分かったような口をきくな。僕のことは何一つ知らない癖に。

その時、弁慶の心の内には黒いものが溢れていた。あかりに対して、否、他人に対してこれほどの負の感情を抱いたことはなかった。

そして、口から出たのはあの言葉だったのだ。






「もう、有川ひどい」

「そんなことねーよ。それに、俺は尊敬してるんだぜ?」

「尊敬してるように見えないから!」


むくれるあかりが、弁慶の視線に気付く様子はない。

(あんな反応をしておきながら、)


驚きに、円くなった目。
血の気の引いた頬。
震える唇。


ここまでは予想していた。けれども、無理やり顎を掴んだその一瞬、あかりの瞳が僅かに熱を孕んだのである。まるで、期待したみたいに。本当に、恋をしているかのような。

(だからといって、どうして…僕がここまで気を掛けなければならない)

今の自分が、冷静さを欠いていると自覚している。脳裏にあかりがちらつく度に、まるであかりに振り回されているように感じて不機嫌になっているということも。

弁慶は、蘇える情景を打ち消すように、盃の酒を飲み干した。


110506



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