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弁慶さんの想いなど露知らず。
有川の登場で漸く、私は八葉や神子の面々と少し打ち解けられたような気がしていた。こちらに来てから無意識下で張っていた肩肘の力も抜け、その晩は少々、舞いあがっていた。
宴が終わり弁慶さんと二人で辿った帰り道。ついつい浮かれ気分が抜けないまま弁慶さんに接してしまい、手痛いしっぺ返しを食らってしまった。この時の私には先日の気まずい出来事など頭から飛んでいたのだ。


「将臣君と随分親しげでしたね」


違和を感じたのは、弁慶さんにそう返された時。いつもの彼ならば、無駄口を効く暇があるのかと無言で抑圧してくる筈なのに、この晩に限って穏やかに返答してきたのだ。そのイレギュラーな出来事に、私の浮かれ熱は急激に冷めた。


「あ…ええと、少し前に色々あったんです。こちらに来る前に」


外套に隠されて、彼の表情はみえない。彼が手に持つ灯籠のひかりが、私と弁慶さんの影を怪しく揺らす。僅かな沈黙。それが一層私を不安にさせた。


「お似合いでしたよ」

「…え?」

「だから、お似合いでした。将臣君に気があるんでしょう」


ぽつりと投げかけられた言葉。柔らかい口調、優しげな声色。それは彼特有の話し声であったが、いつもの私への態度ではない。
まるで拒絶されたかのようなそれに動揺し、彼が何を言ったのかとっさに理解できなかった。けれど理解した途端、今度は頭が真っ白になった。


「ふふ、心配しなくても誰にも言いません。協力してあげてもいいくらいです。神子は九郎に気があるようですし、チャンス、とやらではないのですか」

「え…」

「もしかして、僕に協力してもらうのは嫌ですか?交換条件が無いと気が引けるというのであれば、そうですね。有川君のことを教えて欲しいかな。僕は彼と親しくないので何も知りませんし」



硬直する私をよそに、弁慶さんは愉快そうな笑いを含みつつ、次々と話を展開させる。何時になく饒舌に感じた。


「ねえ、あかりさん」


名を呼ばれた。気付くと既に、その外套に手が伸びていた。そこで漸く振り返った弁慶さんは、ぎょっとした表情で目を見開く。それもそのはずだ。私はぼろぼろと涙を零していた。


「どうして…そんな事いうんですか…」


涙と一緒に、想いが溢れる。私はそれを止めようともせず、彼にぶつける。


「弁慶さんも言ったじゃないですか、私が弁慶さんが好きだって気付いてたんでしょう!?」


きっと今、私は情けない顔をしているのだろう。涙は女の武器、だなんて言うがそれは綺麗な人が綺麗な泣き方をした場合のこと。醜く表情を歪め、涙を拭いもせず、弁慶さんへすがりつく。


「私が好きなのは有川じゃなくてあなたなのに…それを知っててどうしてそんなこというんですか…!!」

「………」

「あなたみたいな意地悪な人、好きになりたくなんてなかった。でもなってしまったものは仕方ないでしょう?!」


こんな事、言うつもりはなかった。そもそも、想いを告げることすら躊躇っていたのだ。弁慶さんは神子に想いを寄せいる。何の魅力も無い私に対して、弁慶さんは源義経の軍師という地位を確立した立派な人だ。
なんて情けない告白。けれど、少しほっとしている。いっそ、玉砕してしまった方が気が楽だと。




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