振る舞われた杯を傾けながら、ちらりと賑やかな方へと目を向けた。
小柄な女が少し怒ったように青年に掴みかかってる。けれども青年は物ともせず、笑いながら彼女の身体を抑える。彼女は真剣な顔つきだったが、その様子はじゃれて甘えているようにしか見えない。弁慶は、無自覚のうちにあかりを半ば睨みつけるように見つめていた。


(あんな表情、初めてだ)


源氏軍があかりを保護してから、もう暫くになる。保護といってもほぼ名目上のもので、彼女に保障しているものは最低限度の食事と宿だけだ。当初、異世界からやってきたあかりには、こちらの知識なんてまるでなかっただろう。故に扱いに悩むかと思ったのだが、あかりは九郎や弁慶が指示する前に自分で仕事を選び、すぐに源氏軍に溶け込んだ。

確かに弁慶は、戦の知識があると豪語した彼女に軍師補佐という役職を与えた。けれども正直、ここまで働き者だとは思わなかった。実際に使えるという期待はしていなかったのだ。数日彼女を観察して、あかりが勤勉という言葉が似合う努力家であると分かった。更に、どうやら働きを見せなければ軍から追い出されると思い込んでいるらしく、それ彼女の動力源となっているらしい。実際は、そんな事をせずとも弁慶にとって異世界から来たというだけで興味の対象であり、手放す気などなかったのだが。

兎に角。
保護以降、弁慶は誰よりもあかりと一緒にいた。弁慶は彼女を極力一般兵に近づけさせなかったし、あかりも八葉を避けるような行動をとっていたので必然的にそうなったと言っていい。

(そのせいかもしれない)

あかりに一番近いのは自分だと、どこかで弁慶は思っていたのだ。けれども将臣が現われて、はっきりした。彼女に警戒されていたのは弁慶も同じであったと。

(気に掛けてやれ、か)

隣に座る友は既にほろ酔い気味で、今後の動きについての話を弾ませている。近頃は少し忙しく、こんなにゆっくり食事を取る暇が無かった。今宵の宴は有川将臣と望美、譲、あかりの再会を祝してのものだが、九郎にとっては丁度良い息抜きになったに違いない。

(人の気も知らないで、呑気なものだ)

辛うじて溜息は心のうちに留めた。だが、弁慶の気苦労は消えることはない。どうにも九郎は鈍すぎる。言って治るようなものではないので、隣でフォローするのが自分の役目だと弁慶は自覚している。が、九郎は妙なところで鋭い男なのだ。お前らしくないと言われた言葉は、弁慶にとって結構痛いものであった。

(どうにも、苦手だ)

菅原あかりという女が。
弁慶は、基本的に誰に対しても一線をひきつつ、上手く接することができると自負している。が、どういうわけだかあかりにはつい、辛辣な言葉を掛けてしまうのである。
怯えた表情、引きつった口元、強張った顔。今夜のような表情を初めて見ただって? 当たり前だ。

(僕が、そうさせているのだから)

あかりの顔を見ると、加虐心を煽られる。落ち着かない気分にはさせられる。ただ、嫌っているわけではなく、むしろ弁慶の中で彼女の評価は高い。
でも、口から出るのは思ってもいないことばかりだ。


――僕のこと好きなんでしょう


自分でも馬鹿げた問いかけだと思った。自惚れるのも大概にしろと、自分に対して嫌悪すら感じる。
ほんの冗談のつもりだった。からかうつもりだった。その言葉で少しでもあかりが困れば良いと思ったのだ。

けれど。


あんな反応をされるとは、思っていなかった。





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