ゆかしがる


やはり、女人をこの部屋に入れるべきではなかった。そう、反省したところで後の祭りである。

(九郎に呆れられるのは慣れましたが、神子に言われると流石に落ち込みますね)

先日、わくわくしながらやってきた神子の、唖然とした顔が忘れられない。彼女のような若い女人が、この部屋の惨状を見たらどう思うかぐらい予想つくだろうに。そういう些細なところでちゃんと働かない自分の勘を、呪うしかない。

(望美さんはああ言ってくれたけれど…あれは、どう考えても誤魔化されたな)

――とても個性的でいいと思います!龍神のことを調べる為なら仕方ないですよね!

神子の歯に衣着せぬ物言いは好ましいと思う。素直で。だから逆に気を使われると気まずいし、どうせならはっきり言ってほしかった。…彼女は始終笑顔だったが、その目は「片づけた方がいいですよ」と言っていたのだから。
もっとも、汚いといわれても弁解しきれない自分が悪いのだ。しかも既に一部屋は物で埋もれ、あれは二部屋目なのである。実はもう一部屋、もしくは蔵でも借りようかと思っていますだなんて、口が裂けても言えなかった。これ以上は、軍師としての面子にかかわる。

(どうやらこの価値は、常人には分かってもらえない類のものらしい)

基本的に、自分の知識欲を満たすための物だから誰かに価値を認めてもらう必要はない。だが、中には一品物や高価な品も多く、理解してもらえないのは少々寂しいものだった。




(でも絶対、彼女にだけは見られたくなかった)

ひょこひょこと後を付いてくる女をちらりと見て、僕はわざと大きくため息をついた。それだけで、びくりと肩を飛び上がらせる様に顔を顰める。
誰にそそのかされたのかは、聞くまでもない。どうせ神子のお節介だろう。神子は、僕にこの女と仲良くしてほしいと思っているようだった。

(そもそも、僕が彼女に辛くあたっているというのは誤解だ)

どちらかといえば、彼女以外の女性に特別優しいだけだ。それに、彼女は皆が思っているほど謙虚な女ではない。

――あの、弁慶さんって堀川屋敷と梶原邸、両方にお部屋借りてるんですね。

今回部屋に連れて行かざるを得なくなったのも、そう。控えめな口調な割には、連れて行ってくれという願望が見え見えだった。

(でもきっと、この女に呆れられたら耐えられない。殺したくなる)

そう思いつつ、襖を開け放った。



無造作に積まれた書物、散乱する巻物、壁を覆い尽くす掛け軸。その他、置物や呪術の道具など、ありとあらゆるものがごたごたに所蔵されている自室。我ながら驚くほどの散らかりっぷりだ。


「どうぞ、狭いですけれど」


後ろに佇むあかりを部屋に押し込む。あかりは顔を上げると、途端に目を丸くした。

(ほら、やっぱり。片づけろって言われても困りますよ)

が、予想していた反応とは違った。あかりは僕の横を通り過ぎ、一番近くにあった掛け軸に手を伸ばしたのだ。


「これ、もしかして両界曼陀羅ですか…?」

「え…ええ、よく知ってますね」

「こっちは薬師如来像!ええっ、扇面古写経まで…!?」


その調子で次々と物品を手にしていくあかり。何故かその目はキラキラと輝いて見える。


「これ、全部本物ですか」

「大体そうですけど」


あかりの行動の意図がわからなくて眉を寄せるが、あかりはそんな僕の様子など気にした風もなく納得したように手を叩いた。


「成程。こんな宝の山があったら、簡単に人は入れられませんね」

「…は?」


彼女の言葉に、驚きのあまり僕は声が若干裏返る。


「貴女には、これが宝の山に見えるんですか?」

「? ええ。だってこれ全部、かなりの値打ちがあると思いますけど」


まさか、この値打ちが分かるというのだろうか。九郎ですら呆れた顔をしたのに?
茫然とする僕を余所に、あかりはまた、積んであった和本のひとつを目にして歓声を上げた。


「うわーっ、日本霊異記まである!原典で見るの初めて!」

「………よろしければ、貸します」

「いいんですか?!!」


僕の申し出に、彼女はにこにこととびきりの笑顔を浮かべた。いつもびびったような表情ばかりだから新鮮だ、なんて失礼なことを考える。しかし彼女は、そんな僕の思考など知らずに感嘆の声を漏らした。


「弁慶さんって、いい趣味してますね」


その笑顔にどきりとしたというのは、僕だけの秘密。




ゆかしがる
「貴女は変わってますね」
「そんなことないと思いますけど」
「(僕がいうのもなんだけど、若い女人の趣味としてはちょっと…)」




やりたかった蜜月イベントネタでした。
ゆかしがる:見たがる、聞きたがる、したがる。
110302



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