君の声が僕を呼ぶ


部下や仲間に囲まれ慕われている友人を見ると、なんて自分の周りは寂しいのだとつい苦笑してしまう。九郎の人気は、鎌倉殿の御弟という立場のせいだけではない。情が厚く人懐っこいその性格が人を集めるのだ。素直すぎて危うい部分も否定できないが、それも彼の魅力の一つだろう。


(僕とは全く違う)


昔、五条大橋で対峙したときは良く似ていると思った。
持て余した体力と世の中への不満を抱えて、郎党を組んで京を練り歩いたあの頃。互いに若かった。全てを知っているような気になって、何一つ見えていなかった。だからこそ、力に物を言わせて戦の真似事に夢中になった。

自慢ではないが、強かったのだ。
唯一勝負が付かなかったのは九郎だけだった。
その時は互いの身分など知らなくて、でも、この男となら分かりあえるかもしれないと思わされた。

けれど、その後何年かしてそれなりに大人になって。軍師として九郎と行動を共にすることになった時に考えを改めた。

この男は自分とは違う。
自分にはない、真っすぐな心根の持ち主だと。


(否、僕が変わったのか)


元から計算高くて人を簡単に信用などできない性格ではあったけれど。この数年で、自分の心が廃れたのは確かかもしれない。乱世が悪いのだ、と言いわけしきれない程、気付いた時にはこの両手は多くの血に濡れていた。

贖罪だ。僕は贖罪の為だけに働いている。こんな僕が九郎のように居られる訳…


「こんな処で何してるんですか、弁慶さん?」


背後から声を掛けられて、我に返った。近づく足音に気付けなかったことに、少々の焦りを感じた。気を、抜き過ぎだ。


「…もしかしてサボってました?」


僕が振り返ると、小首を傾げた少女がにやりとする。着物に袴、羽織姿の彼女は、僕が少し目を細めると慌てたように付け足した。


「はは、冗談です。弁慶さん働き過ぎなくらいなんだから、少しくらい休んでください」


宥めるように、顔の前で手を降る。抱えた巻物が落ちそうで危なっかしい。


「あかり…どうしました?」

「あ、いえ、どうしもしません。ただ、ちょっと時間が開いたから」


あかりはそう言うと、許可も取らずに僕の隣へ腰を下ろした。そして、少し遠くの九郎を見つけて声を上げる。


「九郎さん、囲まれてますねー」

「ええ。兵たちを労っているのでしょう」

「さすが御大将!すごいなあ。まだ若いのに、こんなに沢山の人に期待されて。大変だろうに…」


あかりの感嘆に、僕はどきりとする。
九郎は誰にでも好かれ、期待される。努力は報われ、ひたすら自分の正義を信じて進む。彼女も九郎を好いているのだろうか。否、好かぬわけがない。九郎を嫌う要因などないではないか。

(僕に比べれば、遙かに出来た男ではないか)


「…あかりも労ってもらいに行ったらどうです?」


思わず零れ出た言葉。意識していたよりも、ずっとそれは冷たいものだった。あかりに勘づかれないだろうか、とちらりと思う。何も気にせずさっさと九郎の処へいってしまえ、と。


「え、なんで」


だが、彼女は勢いよく僕に顔を向けて問い返した。てっきり、すぐにでも駆けていくだろうと思っていた為、心底驚いたような反応をした彼女にこちらが目を見張った。


「私は別にいいですよ。九郎さんに褒められる謂われはないし」

「そんなことありません。今回の戦、貴女にしては頑張ったでしょう」

「いいですって。褒められるなら、弁慶さんに褒められたいですし」


ぽつりと返された言葉に今度は僕が目を丸くすると、あかりは取り繕うように呟く。


「だ、だって私の上司だし…」


あかりは俯く。僕は、正直に言うと、呆気にとられてしまった。まさかそんな事、言われるなんて思ってもみなかった。
確かに僕はあかりの保護者という立場で、仕事上でも直属の上司だ。認められるのなら、上司に。その気持ちは分からなくない。だが…。


(僕に、褒められたい…?)


それはなんだか奇妙な感覚だった。自分は慕われている、のだろうかこの女に。彼女は僕がどれほど酷い男だか知っている筈だ。なのに、それでも、僕の隣に立ちたいのだろうか。


「あの、弁慶さん忙しいみたいだから私――」

「どこに行くんです」


立ちあがりかけたあかりを、思わず引きとめていた。


「折角だからお茶でも飲んでいきなさい。全く貴女は、もう、全く」


あかりはきょとんとして、されるがままに再び腰を下ろす。僕は彼女に竹筒を押し付けた。


(相変わらず――鈍くて、腹が立つ)




君の声が僕を呼ぶ

(必要とされる心地よさを与えておきながら、無自覚だなんて卑怯者。)



少し遅れたけど、弁慶さんハピバ!
110214



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