3 ――好きなんでしょう 弁慶さんの言葉が脳内でリピート再生される。好きなんでしょう?誰を。好きなんでしょう?誰が。僕を好きなんでしょう?私は、弁慶さんを、好き、なのだろうか。 そのように意識したことはなかった。確かに綺麗な人だとは思う。少なくとも私のいた世界にはいない、紳士的な人だとは思う。頭もいい。性格は少し癖があるかもしれない。 彼は魅力的な男性だ。素敵な人だ。 でも好き、という感情の定義がわからない。例えば望美ちゃんが九郎さんに感じているのは、どんな好き?私は同じような好きを弁慶さんに感じているのだろうか。 「恋?」 私の問いかけに、朔ちゃんと望美ちゃんは顔を見合わせた。恋ってどんなものだろう、なんて唐突すぎたかもしれない。でも朔ちゃんは何も聞かずに少しだけ手を止める。 「一緒に居て楽しいだとか、嬉しいだとか、幸せだとか。明確に形はないけれど、そういうものじゃないかしら」 和菓子をつまみながら、望美ちゃんも考えるように宙を見た。 「うーん、どきどきしちゃうよね。その人のことばっか気になっちゃって、なんだか恥ずかしくて」 答えながら自分の想い人を思い出したのか、望美ちゃんは顔を赤らめる。 「笑顔とか、見てるだけで元気になれるよ」 望美ちゃんは恋する女の子そのままだ。彼女を見ていると、自分の感情に自信がなくなる。少なくとも恋だなんて、甘酸っぱい感じではない。 「あとは…そうね。会えないと寂しくて、悲しいわ」 ふと、朔ちゃんが声のトーンを落とした。暗い影を背負ったような彼女の表情に、私は瞠目する。 「わかる。他の女の子と話してるの見ると嫌な気持ちになるし」 望美ちゃんも思うところがあるのか、ため息を吐いた。しんみりとしてしまった場を緩和させるように、私は「ありがとう」と話を切り上げる。 「あかり、恋でもしたの?」 「……わからない」 俯き、覗き込んだ湯のみの中に泣きそうな自分の顔が映った。朔ちゃんは静かに微笑み、私を励ますように言う。 「難しく考える必要はないわ。なんとなく気になるとか、最初はそんなものよ」 気になる、といえば気になっている。なんだかんだで弁慶さんと過ごす時間は楽しみで、辛くあたられると悲しい。望美ちゃんに視線を向ける彼を見ているのは、苦しかった。大切に、九郎さんと望美ちゃんを見守る姿は痛々しい。報われないのに、それでも望美ちゃんに惹かれる弁慶さんを、見たくない。 (私は多分、弁慶さんを好きだ) でも、それを知ったところでどうしろと言うのだろう。 |