沈黙が流れた。
弁慶さんは口を閉じて、私を見据える。私は震える体を必死に抑える。弁慶さんがどう反応するか分からなくて、正直言うと怖かった。弁慶さんの内面…特に神子に関して踏み込むことははタブーであると、どこかで思っていたから。

――ただ、私だって噂を鵜呑みにして言ったわけではない。

神子がやってきて、まだひと月と経っていなかった。しかし、神子の存在は多大な影響を及ぼしている。

望美ちゃんは…神子は、魅力的だ。

ごまかしきれない事実。弁慶さんだけではない、誰もが神子に惹かれている。神子がいるというだけで、活気が違う。軍が引き締まる。民衆が安心する。
特に八葉は、他の者とは神子との絆の強さが別格。まだ半数しか集まっていないけれど、みんな望美ちゃんを信頼し、神子と認めていた。慈愛に満ち、聡明であり、勇気に溢れている望美ちゃんは決してその立場に傲ることはなく、ひたすら、自分ができることを、と世界に尽くす。
世界を救う白龍の神子、そのままの穢れなき姿だった。


弁慶さんは女性に優しい。女性にだらしないだとかそういうのではなく、女性や子供には優しくするものだと心得ているらしい。紳士的なのだ。だから弁慶さんの慈愛は誰にだって平等に与えられる。
特別はいない、誰にでも同じ。…でも神子に対しての視線だけは違った。例え同じように振る舞っていても一度気付けばごまかせない。熱っぽく、焦がれるような目で彼は望美ちゃんを追う。物欲しそうに情に濡れた視線を送り、そして決まって、切ない表情で俯いて微笑する。

(これが恋情ではなく、何だというのだろう)

弁慶さんは望美ちゃんに惹かれている。それは間違いない筈なのだ。


「…九郎さんが望美ちゃんを好きだから、身を引くんですか」


しかしながら、私はそれを誰にも、まして当人には言うまいと思っていた。でも零れ落ちた言葉は取り返しがつかなくて、ただそのスピードを加速させる。


「かけがえのない友人だから、諦めるんですか」


関が崩れるように、堪えていた感情が溢れる。息苦しさを感じながら、私は言葉を絞り出した。


「弁慶さんは、望美ちゃんを…好き、でしょう…?」



「僕は一言もそんなことは言っていない。勝手な推測はやめて下さい」


弁慶さんの薄い唇が開いて、冷たい声が響いた。弁慶さんを見つめたまま息を詰める私に、彼は静かに手を伸ばす。


「第一、何故そこまで気にするのです」


身動きできない私の頬を、弁慶さんの指が撫でた。私は赤面する暇はなくて、きっと青ざめた顔だ。それは出会ったあの時と同じ、シチュエーションで。
震える唇に触れた弁慶さんは、口元だけに怪しい笑みを浮かべる。


「僕のことが、好きなんでしょう?」


射るような視線が私に刺さる。
私は、彼から逃げ出した。


101006




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