この異世界、京での暮らしにもだいぶ慣れた。毎朝の瓶への水汲みも、だいぶ板についてきたというものだ。
私は六条堀川というところにある、九郎さんのお屋敷にお世話になっている。神子や八葉の皆さんが滞在している梶原邸からは少し離れているけれど、それが却って私の生活に公私をきっぱり隔ててくれていた。
私の仕事といえば、やはり雑用の域を出ない。当たり前だ、この世界の仕組みにはまだ疎いし、体力も男性に劣る。今日任されたのも、恒例になりつつある九郎さんへの書簡届けだった。

九郎さんは大将だけあって、忙しい。
でも時間がある限り梶原邸に居ることはもうわかっていた。梶原邸での九郎さんは源氏軍の大将ではなくて、年相応の青年だった。きっと、彼にとっても八葉という立場は…
そんな風に思い耽りながら梶原邸の門をくぐった私は、聞こえてきた会話にとっさに身を隠した。


「やっぱり九郎さんは頼りがいがありますよね、」

(や、やば…)


私は慌てて物陰に隠れる。九郎さんと話しているのは望美ちゃんだった。
脳裏に先日の出来事が頭を過ぎる。
神泉苑で白拍子の代わりをすることになった望美ちゃんは、後白河法皇に召し抱えられそうになった。それを阻止したのは、九郎さんの許嫁宣言であった。
思い出すだけで、こちらが恥ずかしくなる。それはとっさの嘘だとわかったが、二人はお似合いで違和感がない。それに二人は自覚こそしていないものの、傍目で見てわかる程に、互いに意識しあっていた。





「………それで、なかなか手渡せずにいたんですか」

「…すいません」


六条堀川。私の部屋のほど近くに、弁慶さんの部屋はあった。彼付きの補佐という名のパシリである私は、弁慶さんの前に正座。


「貴女は本当にぐずで役に立たない。まぁ、それでも居ないよりはマシなのですけれど」


結局、タイミングを見計らって私は九郎さんに手紙を渡したのだが、無駄な時間を掛けてしまったことは否めない。
弁慶さんは褒めているのか貶しているのか、いまいち分かりにくい言葉で私を詰る。
うなだれて見せた私に、諦めたように呟いた。


「…あの二人は、恥ずかしい程に好き合っていますからね。じれったいったらありゃしない」


どうやら、思っているのは私だけではなかったようだ。噂に聞くと、彼と九郎さんはいわゆる腐れ縁で、昔馴染みだという。私の世界のように主従関係にはなく、弁慶さんはあくまで目的の一致から九郎さんに協力しているとか。


「まぁ僕も九郎を応援してますしね」

「そうなんですか?」

「おや、意外なところに食いつきましたね」


驚いてとっさに聞き返すと、弁慶さんは淡い笑みを浮かべた。その様子があまりにも優美で、どきりとする。


「僕が九郎を応援しないように見えましたか?」

「…と、いうよりも」


何故か熱を持つ頬をごまかすように、咳払い。そして、弁慶さんの顔色を伺いながら軍内で流れる噂を口にした。


「弁慶さんも神子様にご執心、のようでしたので」





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