「お帰りなさい、弁慶さん。こちらに合流すると聞いたのですが、大将殿に同行されたのですね」


一足先に京へ到着していた予備軍の集団の中から、小柄な少年がひとり駆け寄った。袴姿に羽織を身に付けた格好は、どこか近世の書生服に似ている。肩に掛る程度伸ばした髪は無造作に跳ねている。


「ええ。当初はその予定でしたが、大切な仕事を任されましたから」


弁慶がちらりと望美へと視線を向けた。


「白龍の神子を、お連れしたんです」


どこかおびえたように弁慶を見上げていた少年は、彼の視線をたどるように望美を見た。一瞬、目が合う。けれど望美が何か言おうと口を開く前に、少年は驚いたように目を伏せて弁慶の影へ隠れた。


「困ったことに、僕も八葉に選ばれました。今後、あなたに構っている暇はなさそうです」

「それは……おめでとうございます」


弁慶の言葉に、曖昧に言葉を返す少年の声は小さい。それにしても、弁慶とはどういう関係なんだろうと望美は思う。出会ってから常に柔らかだった弁慶の雰囲気が、どこか冷たいものへと変わっていた。弁慶が小馬鹿にしたように彼を見下ろすと、少年は押し黙って元の軍へと戻って行った。


「今の――女の子、でしたね」


少年の姿が完全に見えなくなってから、譲が言った。


「え、嘘?!」


まったく気付かなかったと望美が目を見開くと、譲は苦笑して続ける。


「服は男物のようでしたが、間違いないです。声も高かったし…弁慶さん、源氏軍には彼女のような子もいるんですか?」

「いえ。普通、あの年頃の子が戦に参加なんてしません。彼女は他に行くあてがありませんからね」


元の柔らかな表情へと戻った弁慶は、望美を安心させるように笑み、付け足した。


「望美さん。今のが先例ですよ」

「――先例ってことは」

「ええ。譲くんは賢いですね」


弁慶は少年――否、先例と言われた少女を探すように、彼女が去った方を眺める。


「彼女は、あなたたちより数日早くこの源氏軍に紛れ込みました。よりによって合戦の最中にね」

「…私たちよりも、数日も早く?」

「ええ。素性ははっきりしないのですが、異世界とやらの話を聞きまして。神子の振りをするならともかく、こちらにはまるで無知。わざわざ異世界の嘘を吐く理由も考えられませんし、とりあえずは僕の部下として置いてます」


遠くをみつめる目が、細められる。
その視線は、やはり弁慶が他に向けるものとは異なるものだった。期待でもなく、憎しみでもなく。形容しがたいけれど、確かに強い視線で。


「あなたたちの知り合いなら話が早いのですが…ご存知ありませんか?」


望美には、それが印象的に映った。


100818




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